日本人の「清潔信仰」が免疫力の低下を招く

今から数年前、日本では抗菌グッズ(anti-bacterial goods)なるものが流行り、私はあまりの潔癖主義、完全清潔主義におぞましさを感じた。
薬品を塗りたくって細菌を殺してしまう衣料品などが人間の体に良いとはとても思えなかったが、案の定そういう警笛を鳴らし続けた識者がいて私はホッとしたものだった。
それから時を経て、2002年夏、今度は何日も風呂に入らず、ホームレスのような生活をする汚ギャル(O-Gal)というものが現れたらしい。
彼女たちは、あまりに不況が長引くので、ホームレスになる練習をしているわけでは決してないだろう。
ちなみにJapan-Guide.comのBBSでも彼女たちについてディスカッションがされている。
どうして日本人はこうまで極端なのか?私には双方とも全く理解できない。あなたはできる?

東京医科歯科大学の藤田紘一郎教授に聞く

Interviewer: 高山秀子 (Newsweek Japan 1998.11.4)


東京医科歯科大学の藤田紘一郎教授の専門は寄生虫学と熱帯医学。
彼は『笑うカイチュウ』(講談社)や『原始人健康学』(新潮社)などの著書で、日本人の「清潔信仰」に警告を発してきた。
異常ともいえる清潔観念によって免疫力や抵抗力が低下し、次世代の日本人が肉体的にも精神的にも衰弱化していくのではないかと、藤田は危惧している。


高山:最近ブームの抗菌グッズには衣料品も含まれている。この現象をどう思うか。

私に言わせれば、本当にばかな話だ。抗菌ソックスや抗菌肌着などが出回っているが、実際は有害なものだ。
皮膚の表面には、ばい菌から皮膚を守る皮膚常在菌が存在する。
抗菌グッズや消毒用アルコールは、人間の肌を守るこうした菌まで弱らせて殺してしまう。
場合によっては、抗菌グッズが皮膚をだめにしてしまう。


高山:なぜ日本人はそうした製品を買いたがるのか。

それは商業主義のせいだ。
日本人はきれい好きなうえに、けっこう単純で素直なため、すぐ宣伝に乗せられてしまう。
業者の側は、抗菌といっても効果はほとんどなく、体にもよくないということを承知しながら売っている。
日本人はずっと、細菌や寄生虫は汚くて害があると教えられてきた。
だが人間は、ある種の細菌や寄生虫とは共存してきたのだ。
今では、こうした事実は忘れられ、水道水に大腸菌が混じっていると大騒ぎする。
だから、日本の水道水の塩素濃度は世界一高い。


高山:こうした日本の状況は異常だと?

戦後いっせいに寄生虫駆除が叫ばれ、回虫や細菌を人間の敵とみなしはじめた。
そのころから常軌を逸し、異常になったと思う。
行き着くところまできて、自己臭症などという精神病的症状も出てきた。
自分が臭いと信じ込み、大便の臭いを消すための錠剤を飲んだりする。
悪臭を発する異物に我慢できず、ホームレスのような人々に暴力を振るう中学生もいる。
先日、取材に来た30代の記者は面白かった。
きれい好きで、私の部屋にいること自体怖かったらしい。
ちょっと私の体に触れただけで、「先生、回虫がうつりませんか」と尋ねては手を洗っていた。
そこまでいくと人間ではない。空気中には多くの菌が存在している。
そこまでこだわるなら、息をしないほうがいいかもしれない。


高山:日本では最近、アレルギーが増えているが。

昔から人間の体には、体内に侵入してきた細菌や回虫に対応する免疫細胞があった。
だが、回虫を駆除し、細菌を殺して、免疫細胞の仕事を取り上げてしまった。
「無職」になった細胞ほど、いらぬことをする。
だから、花粉やダニに反応してアレルギーを引き起こすのだ。


高山:日本人の免疫力は低下しているのだろうか。

行きすぎた清潔志向から、すでにそうした状況になっている。
ほぼ制圧したと考えられていた結核も復活している。
菌自体も、抗生物質が効きにくいものが生まれている。
この問題は日本だけでなく、アメリカやカナダでも起きている。


高山:あなたの説く日本人の「家畜化」とはどんな意味か。

自ら家畜化しているということだ。
農村や漁村など自然の中で生活できる若者たちが、わざわざ大都会に出てきては家畜小屋のような狭い部屋で暮らし、近くのコンビニエンスストアで出来合いの物を食べる。
狭い部屋とエサがあれば、それで満足してしまう生き物になってしまっている。
部屋とエサを取り上げられたら、死んでしまうのではないか。


高山:一方で、アウトドアがブームだが。

これも商業主義に流され、アウトドアの気分にひたっているだけ。
ペットボトル入りの無菌の水とティッシュペーパーを持参するくらいだから。
景色を見るのは好きかもしれないが、本当は汚れるのが嫌なのだろう。


高山:こうした状況を変えるには?

行きすぎた清潔志向を止めるためには、幼稚園や小学校での教育が大切だと思う。
たとえば、幼稚園でおしっこを漏らした子がいたら、先生が「汚い」と大騒ぎしないこと。
すぐクレゾールや逆性せっけんで消毒しようとするが、尿は腎臓でろ過されているから少しも汚くない。
昆虫を殺すのも、害があるというより、不快で見た目が悪いという理由からだ。
今すべきことは、生きているものにはみな意味があることや、共生していくことの大切さを子供たちに教えることだ。


高山:日本人の将来をどう思うか。

非常に不安だ。私は外国に住む日本人の身体検査をしているが、か弱さを感じる。
精神的にも、活気が感じられない。
無菌室で育ったような人が増えている。
数年前、バリ島でコレラ騒ぎ(1995.1-2)があったが、感染したのは確か日本人だけだった。
日本人はわざわざ無駄な金を使って抗菌グッズを作り、逆性せっけんを使い、塩素濃度の高い水道水を作って、結局は自分の体を弱くしている。


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[Newsweek Japan 2000.9.13 - 異物混入騒ぎが示す日本の「清潔志向」(PDF)を読む]

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