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11月30日(日)-香港オフで大活躍のプリペイドSIMカード

4年前に友人の石川氏が薦めてくれた香港のプリペイドSIMカードが先日の香港オフでは大いに役立った。
何せ今回は毎日のように観光などで同行者が違う、食事時になると誰からともなく集まろうと声がかかる、とにかく携帯の出番の多さは今までの比ではなかったからだ。
私は幹事ではなかったので、あまり携帯で連絡を取り合うこともなかったが、幹事の方々は同じホテルに泊まっていたとはいえ、昼は行動がバラバラのようだったので相当携帯代が嵩んだのではなかろうか。
そして、深夜に到着したにもかかわらず、初日の夜から三々五々と集まっての飲み会となって、携帯の使用頻度が高くなりそうな予感の中、日本の携帯を使い続けようか、どうしようか散々迷った挙句、翌朝に通りすがりの携帯ショップで買った88香港ドル(約1,140円)のone2free - Power Prepaid SIM、これをほぼ使い切るとは思ってもいなかった。
もっとも、相手方の携帯のほとんどが日本の番号、しかも安い方のIDD 1718を知らなかったので、高くついたのかもしれないが、それでも日本の携帯を使うよりは安く抑えられただろう。

ところで、私は海外旅行先で携帯電話を使うことはあまりないのだが、最近では現地の知り合いを訪ねていくことも多くなったので、Nokiaの携帯電話にauのSIMカードを差し替えて使うようになった。
もともとNokiaの携帯を持つようになったのは、2004年12月に香港で石川氏から「海外用の携帯買えば便利だよ」と言われたのがきっかけである。(携帯電話研究家山根康宏氏の香港携帯情報局BLOG
ただ、このときは旅行記にも書いたように「携帯電話をそんなに頻繁に海外で使う機会があるのか」と思っていたのだ。

それでも、このとき彼から本体だけを譲り受けていた私は、2005年12月に香港・パクセ(ラオス)・バンコクとオフ三昧の旅を企画したときに、ようやっと海外携帯も必要かなと思い、石川氏お薦めの3 Hong Kong - Rechargeable SIM Cardを買ってみることにした。
彼曰く、このSIMカードは期限切れ前のrecharge (add value)がインターネット経由(Pay Bill Online)でできるので、わざわざ香港に行かなくともいいからとのことだ。
ただ、このとき携帯電話番号(Rechargeable SIM Mobile Number)と、Check Digitと呼ばれるSIMカードを最初にアクティベートしたときの番号が必要になるので、SIMカードを買った店でチェックしておいた方がいいだろう。
ちなみに、auの携帯で日本-香港の通話料金は平日の昼間は1分135円、休日・平日夜間料金で1分99円、3 Hong KongのSIMカードだとIDD 001で1分5.78香港ドル(約75円)である。
また、タイやインドネシアで携帯を使えば日本のものだろうが香港のものだろうが、国際ローミング(International Roaming)になるのだが、石川氏曰く、ここでも香港携帯に軍配が上がるだろうと言う。

そして私はこのSIMカードを1度だけrechargeし、1年間使ってみたのだが、それ以降はNokiaの携帯電話にauのSIMカードを差し替えて使うようにした。
理由はプリペイドSIMの最大の欠点である半年の使用期限が切れると使い残した分も放棄しないといけないというものだ。
それを防ぐために3 Hong KongのSIMカードはrechargeがインターネットでできるのだが、それでも携帯電話を使用する頻度があまりない私にとっては多少通話料金が高くとも日本の携帯だけで十分であったからだ。

しかし、今回の香港オフは違った。
結果的に香港で買ったプリペイドSIMがこれほど役に立つとは思わなかった。
それだけ携帯を使いまくったということになるのだろう。

最後に勘違いされるといけないので、一言。
今でも香港で買ったプリペイドSIMカードを日本で使っている携帯電話機本体に差し込んでも使えないようだ。
友人のジョニーさんがその場で試したが、やはりダメだったので、海外でプリペイドSIMを買うなら、海外用の携帯電話機本体も持っていないとダメということになるだろう。
究極の話、それを合わせたコストパフォーマンスがどうかで決まるだろうか。

後日、このコラムを読んだ石川氏より以下のようなアドバイスをいただいた。
ご丁寧な解説ありがとうございます。
携帯が最終的に使えるまでには、
  1. その地域で使用されている、通信方式と周波数を使用できる電話機がある。
  2. 携帯にSIMロックがかかっていない、またはSIMロック対象外(自社)のキャリアのカードを持っている。
  3. SIMが電波を飛ばしているキャリアで認証OKである。
    =ローミングの契約がSIMカード側と現地キャリア側の間である。
の条件がそろって初めて使えます。

1.について

AUの電話機の通信方式は第三世代としてはアメリカと日本を中心につかわれており、欧州アジアではほとんど使えない。
その他の地域の第三世代はWCDMAで、第三世代に移行した地域はほぼこちらを選択している。
第二世代は日本と韓国が独自でその他はGSM方式がメイン、周波数が欧州アジア地域とアメリカで違うので、機種によってはどちらかでしか使えない。

です。

カルロスさんにお譲りしたのは、GSMの欧州アジア用で、カルロスさんの行かれる地域はほぼカバーしているはずです。

2.SIMロックとは

携帯会社から購入した時に、安く売るかわりに自社以外のSIMカードを拒否する機能のことで、日本がもっとも極端に携帯会社主導で販売されるので、Docomo・Softbank・AUすべて自社のSIM以外受け付けないように制限がかかっています。
逆に香港は全く逆で、メーカーや家電量販店、携帯電話機ショップが幅を利かせているので、携帯電話を買って、携帯会社と契約して入手したSIMカードを使うのが一般的なところは、SIMロックの制限がありません。

カルロスさんの友人が、日本の携帯電話に香港のカードを挿しても、ここではねられます。

3.ローミング時にSIMカードが認証されるか

香港の会社は一部例外を除きGSM/WCDMAで、同じくWCDMAを使うDocomoかSoftbankとローミング可能です。
個別に携帯会社同士で提携をしていることが前提で初めて使えます。
よくホームページを探してみると、現地のローミング先キャリアについて記載がありますよ。

あと、香港の携帯会社の事情は日本と比べて再編のスピードも速く、会社名が異なったり、ほかに吸収されたりが第三世代メインへ移行するなかで多くありました。

なので、商品に関してはあまり古い情報は当てにせず、ホームページで確認してください。

11月16日(日)-世界市場の回復はいまだ遠いのか

日米欧と中国、インドなど新興国の20カ国・地域(G20)による緊急首脳会合(金融サミット)は15日午後(日本時間16日未明)、金融安定化に向け「あらゆる追加的措置をとる」との首脳宣言を採択して閉幕したと報じられた。
これによって世界市場は回復へ向かうのか。
未曾有の危機に連携して立ち向かい、世界経済の成長回復を目指す強い姿勢を打ち出すとのことだが、サミット後に株価が反転するような期待が感じられるかというと、どう考えてもそうは思えない。
第一、この会議でお題目を唱えただけで市場が反騰するなら「1世紀に一度の信用不安の津波の中にいる(once-in-a-century credit tsunami)」というグリーンスパン(Alan Greenspan)前FRB議長の発言にはならないだろう。

本日付けのFinancial Timesの記事、World leaders unite to restore global growth(各国指導者、世界成長の回復のために団結)を見ると、アメリカの独善的な姿勢が会議をぶち壊しているとの印象を受けるし、日本の影が薄いのも相変わらずだ。
米国発の金融危機なのは誰もがわかっているはずなのに、誰もそれを指摘しないとも書いてある。
「一部の先進国において」ってどこのことなのか。アメリカ以外に同じような国がいくつかあるのだろうか。
一方で、麻生首相が金融サミット閉幕後に「新しい世界経済と金融に対応した国際的な経済システムの実現に向けて引き続きリーダーシップを発揮してまいりたい」に記者団に表明したそうだが、こんなことはサミットの会議中に具体策を伴って言うことだろう。(日経新聞-世界経済安定へ積極的貢献、麻生首相が意欲表明
別の記事のLeaders temper G20 ambitions(各国指導者、G20での野心を調整)で日本政府が1000億ドルをIMFに特別供与すると書かれてあったが、麻生首相はサミット中には本当に何の発言もしなかったのであろうか。
少なくとも英字新聞に発言が掲載されないということは、世界では何も言わなかったのと同じことだ。
これでリーダーシップとは笑わせる。
このままでは、インドのシン首相が述べた「G7なんかいらない、経済的実態の変化を反映した国々の適切な代表者を伴った真に国際的な枠組みを作れ」といったものが実現したときに、金の出せなくなった日本が入っていることができるのか大いに疑問だ。

それにしても、サミットでは決まったのは、結局のところこれから何かをするので、また4月30日に集まろうという感じを持つのは私だけであろうか。
それともオバマ次期大統領がカリスマ的な働きをするのであろうか。
いずれにしろ、今回のサミットの結末を見る限り、来年の春までは自律的反発の域を超える反騰はないだろう。
なぜなら、オバマ氏が大統領に就任するまでの間、米国自身が斬新的な政策を打ち出す可能性がなくなったのだから・・・

World leaders unite to restore global growth
(各国指導者、世界成長の回復のために団結)
(November 16 2008 Financial Times)
World leaders agreed to take "whatever further actions are necessary" to tackle the financial crisis and restore global growth at an emergency summit of the Group of 20 in Washington on Saturday.

土曜日にワシントンで行われたG20の緊急サミットで、各国の指導者たちは、金融危機と世界成長の回復に果敢に取り組むために「なお一層の行動が必要」とすることに合意した。

They set out an ambitious agenda for reform of the financial regulatory system and institutions such as the World Bank and International Monetary Fund and agreed to meet again in April to consider more concrete steps.

彼らは、金融監督システムと、世界銀行や国際通貨基金のような機関の改革のための意欲的な行動を計画し、より具体的な措置を検討するために4月に再会することに合意した。

The 20 leaders, whose countries represent more than 85 per cent of the world's gross domestic product, also vowed to use "fiscal measures" and monetary policy to shore up the world economy but stopped short of announcing a coordinated stimulus programme.

世界の国内総生産の85パーセント以上に相当する20カ国の指導者たちは、また、世界経済をテコ入れするための「財政処置」と金融政策を使うと明言したが、組織的な景気刺激策の発表までには至らなかった。

George W. Bush, the outgoing US president, declared the summit a "very successful" first step but acknowledged it would fall to his successor, Barack Obama, to take the process forward. The next summit will take place on April 30 - 101 days after Mr Obama takes office.

退陣する米国の大統領であるジョージ・ブッシュは、サミットを「非常に成功した」第一歩と宣言したが、処置を進めることが彼の後継者であるバラク・オバマに(責任が)降りかかることを認めた。次のサミットはオバマ氏の大統領就任101日後の4月30日に行われる予定だ。

In a five-page communique setting out broad principles for reform and a detailed action plan, the G20 agreed to increase supervision of banks and credit rating agencies, tighten regulation of high-risk financial products such as credit default swaps, and "review" executive compensation practices.

改革と詳細な行動計画のために大まかな原則を述べている5ページの声明文書において、G20は銀行と信用格付け機関の監視を増やすこと、クレジットデフォルトスワップ(貸付債権の信用リスクを保証してもらうオプション取引)のようなリスクの大きい金融商品の規制を強化すること、役員報酬の慣行を「見直す」ことに合意した。

In a blunt assessment, the communique blamed the crisis on, "weak underwriting standards, unsound risk management practices, increasingly complex and opaque financial products and consequent excessive leverage".

率直な評価として声明文書は、「脆弱(ぜいじゃく)な引き受け基準、不健全なリスク管理慣行、複雑で不透明な金融商品と結果としての過度なレバレッジ」による危機であると非難した。

Without naming the US, the leaders concluded that "policymakers, regulators and supervisors, in some advanced countries, did not adequately appreciate and address the risks building up in the financial markets".

米国を名指しせずに各国指導者たちは「一部の先進国において、政策・規制当局者と監督者たちは、金融市場で積み重なっているリスクを適切に評価して対処することをしなかった」と結論づけた。

The agreement represented a partial victory for European leaders who arrived in Washington with a range of proposals to tighten market regulations amid the most serious financial turmoil since the Great Depression.

合意文書は、世界大恐慌以来の最も深刻な金融不安の中で市場規則を強化するという提案を持ってアメリカに来た欧州の指導者たちにとって部分的な勝利を意味した。

"It is historic to have here in the United States an American administration - where Republicans and Democrats have refused to move on issues such as these - to have agreed to a shift," said Nicolas Sarkozy, the French president.

ニコラ・サルコジ仏大統領、は「ここアメリカで、米政権、共和党政権でも民主党政権でも、例えばこれらのような課題に取りかかることを拒否し続けたが、それを転換することに同意したということは歴史的なことだ」と述べた。

But the US, which remains wary of heavy-handed intervention, secured a commitment that any reforms must be in line with free market principles.

高圧的な市場介入に対しいまだ慎重な姿勢をとるアメリカは、どんな改革でも自由市場の原則に基づかなければならないという方針を守った。

In a statement after the summit, Mr Bush said: "Whatever reforms are recommended, we need to be guided by this simple fact: that the best way to solve our problems and solve the people's problems is for there to be economic growth. And the surest path to that growth is free market capitalism."

サミットの後の声明においてブッシュ大統領は、「たとえどんな改革が推奨されても、我々は次の純然たる事実に沿うことが必要だ。我々の問題、そして国民の問題を解決する最善の方法は当該国の経済成長であり、その成長への最も確かな道は、自由市場資本主義である」と述べた。

There was broad consensus on the need for an overhaul of the World Bank and IMF, including reopening the vexed question of shareholdings or "quotas" to give emerging economies greater weight in these institutions.

世界銀行とIMFの中で株主の権利に関する難題の交渉の再開や、より大きな影響力を持つ新興経済国への「定数」のことも含めて、これらの機関の見直しの必要性についての幅広い合意があった。

A renewed pledge was also made to complete the Doha round of global trade talks, with a goal of settling the basic parameters of a deal before the year end, and all 20 leaders agreed to take no protectionist actions for a year.

新たな公約は、年末の前に協定の基礎的要素の確定という目標とともに、国際貿易交渉のドーハ・ラウンドを完結することとし、すべてのG20各国の指導者たちは1年間保護貿易主義的な行動を取らないことに同意した。

The leaders said they would ensure that "all financial markets, products and participants are regulated or subject to oversight, as appropriate" - a catch-all line pushed by the Europeans.

各国指導者たちは、「すべての金融市場、商品と参加者たちは必要に応じて規制を受け、監督される」ことを保証するつもりだ、と述べた。また、それがどんな場合にも対応可能なように欧州の指導者たちによって後押しされた。

However US officials denied that this meant direct regulation of hedge funds and other private pools of capital that are currently supervised indirectly through their bank broker dealers.
The G20 noted that the hedge fund industry was developing best practice codes, and said ministers would review their adequacy.

しかし、米国の当局者は、この合意が今のところ銀行のブローカー・ディーラー(委託注文と自己取引の双方に携わる)部門によって間接的に管理されるヘッジファンドと、その他の非公開の共同出資の直接規制を指すことを否定した。
G20は、ヘッジファンド産業によって最高の業務プログラムが開発されていたことに言及した。また、首脳らがそれらが適切かどうかを見直すつもりであることも述べた。

The leaders also pledged a rapid effort to improve the resilience of over the counter derivatives markets, including the credit default swaps market - which is widely seen as a source of vulnerability for the global financial system. President Bush said there was agreement globally that CDS trades should be run through a central clearing house.

各国指導者たちは、世界的な金融システムの脆弱さの源と広くみなされているクレジットデフォルトスワップ市場を含む信用デリバティブ市場を反発させるための迅速な努力を誓約した。
ブッシュ大統領は、CDS(クレジットデフォルトスワップ)取引に際して主要な取引所を通されなければならないという合意が世界的にあったと述べた。

World leaders tasked finance ministers to examine the procyclical nature of both accounting and regulatory regimes for banks and report back by the Spring.

各国指導者たちは、銀行に対する会計と監査機関体制の景気循環促進の体質を調査し、春までに報告するよう財務大臣に仕事を課した。

But US officials said this should not be read as an intention to retreat from mark to market principles.

しかし、米国の当局者は、これが目標から市場原則へ後退する意向と解釈されるべきではないと述べた。

There was agreement to set up colleges of national supervisors to regulate global banks.
Finance ministers will also review compensation schemes in the financial sector, with a view to ensuring there are not excessive incentives for risk-taking.

世界の銀行を規制するために国家的な総括団体を設立するための合意があった。財務大臣らはリスクを取るための過度の刺激から守るために、金融セクターの補償の仕組みを見直すことになるだろう。

The leaders agreed to open up a set of key committees that govern the rules of international finance to emerging economies, starting with the Financial Stability Forum (FSF) which has emerged as the key standards-setting body.

各国指導者たちは、主要な基準設定機関として浮上した金融安定化フォーラム(FSF=Financial Stability Forum)を手始めに、新興国経済への国際金融の規則を決定する一連の主要な委員会を開くことに合意した。

The absence of Mr Obama, who spent the weekend in Chicago, added a sense of uncertainty to the summit as leaders were left guessing whether the US approach will change after he takes office.

シカゴで週末を過ごしたオバマ氏の不在は、各国の指導者たちに彼の就任後に米国の姿勢が変わるか否かわからないというような不透明感をサミットに残した。

Mr Obama sent two emissaries - Madeleine Albright, the former secretary of state, and Jim Leach, a former congressman - to meet the visiting G20 delegations but they played no direct part in the summit.

オバマ氏はアメリカを訪問したG20代表団と会合するために2人の特使、マデレーン・オルブライト元国務長官とジム・リーチ元下院議員を派遣したが、彼らはサミットにおいて直接の役割を果たさなかった。

In a statement afterwards, Ms Albright and Mr Leach said the president-elect believed the summit was "an important opportunity to seek a coordinated response" to the financial crisis and conveyed his "determination to continuing to work together on these challenges after he takes office in January".

その後声明において、オルブライト氏とリーチ氏は、オバマ次期大統領がサミットが金融危機への「組織的な行動を求める重要な機会」であると信じていること、そして、彼が「1月の就任後も、これらの難問に一体となって取り組み続けることへの決意」を伝えた、と述べた。

The summit was billed as the most important economic meeting since the Breton Woods meeting in 1944, which produced the architecture for the post-world war two economic system.

このサミットは第二次世界大戦後の2つの経済体制を生んだ1944年のブレトン・ウッズ会合以来、最も重要な経済会議と宣伝されていた。

While the US has sought to downplay comparisons with Breton Woods, there was a clear sense in Washington of a shifting balance of economic power as emerging markets, such as China, India and Brazil, demanded greater influence over the international financial system.


米国がブレトン・ウッズ会合との比較でサミットを軽視しようとしている間に、例えば中国、インド、ブラジルといったような新興市場国が国際的な金融システムに対するより大きな影響力を要求したので、米国政府の中に経済力の均衡が変わってきているとの鮮明な感覚があった。

In addition to pledging reform of the IMF and World Bank to reflect "changing economic weights in the world economy", the communique also called for the immediate expansion of the Swiss-based Financial Stability Forum to a "broader membership of emerging economies".

「世界経済の経済的影響力の変化」を踏まえたIMFと世界銀行の改革の公約に加えて、声明文書もスイスを拠点とする金融安定化フォーラムに「新興国経済のより幅広いメンバーシップ」のための迅速な拡大を要求した。

During the meeting, Hu Jintao, the Chinese President, called for "a new international financial order that is fair, just, inclusive and orderly".

会議中、胡錦濤中国国家主席は「公平で、もっともな、包括的かつ秩序ある新しい国際的な金融体制」を要求した。

Manmoham Singh, India's prime minister, said elite international bodies such as the Group of Seven were "no longer sufficient to meet the demands of the day".

インドの首相であるマンモハン・シン氏は、G7のような選り抜きの国際的な組織が「もはや現代に必要とされる会議としては十分ではない」と述べた。

”We need to ensure that any new architecture we design is genuinely multilateral with adequate representation from countries reflecting changes in economic realities,” he said.

「我々は、我々が策定するどんな新しい枠組みでも経済的実態の変化を反映した国々の適切な代表者を伴った真に国際的なものであることを保証する必要がある」と、彼は述べた。

関連サイト


11月8日(土)-山梨で紅葉見物&温泉

去る2日の日曜日、思い立って昇仙峡へ行ってみた。
さすが3連休中の紅葉シーズン、しかも好天に恵まれただけあって人出も多く、ロープウェイは30分待ちとか1時間待ちの状態だった。
バブル時代の週末のスキー場のゴンドラ待ちを思い出して思わず苦笑する。
こんなところで、時間を潰しているとワイナリーへ行く時間がなくなってしまうので、諦めて名物のほうとうを食べに行く。
もちろん、山梨まで行くからには温泉へ行くのを忘れない。
たまには国内の観光地巡りもいいものだ、とあらためて思う。
実際のところは、この日からネパールへ友人たちと行くことになっていたのが仕事の都合で断念したので、代わりに行っただけなんだがね(苦笑)

ところで、横浜から甲府というと遠く感じるが、土休日運転の臨時特急「はまかいじ」というのを使うと2時間で到着できる。
最近では国内観光地も宿泊客の減少を穴埋めすべく、旅行会社とタイアップした日帰り旅行プランのパンフレットが随所に置かれているので、日帰り湯を楽しめるところもパンフレットを見るとすぐにわかる。
インターネットで探すのもいいが、検索の絞込みが面倒なときがあるので、こういったパンフレットから拾う方が楽な場合もある。
私の場合、申し込みしようとしたのが、わずか2日前なのと、気ままに行動したかったので、列車のチケットの手配だけしたのだが、何と3連休にもかかわらず、往復とも特急の指定席は空いていた。
季節的に中途半端ということもあるが、今や盆暮れ正月、ゴールデンウイーク以外は予約も不要なほど空いているのかな、とか思った。
今回は宿泊せずに帰ってきたが、この分だと週末でさえ、えり好みしなければ、当日に観光案内所でホテル探しをしても泊まれそうな気がした。
それとも世界的な金融危機で今年の旅行業界は瀕死の状態にあるのだろうか。
そういえば、今月21日から行くワールドインベスターズ香港オフ、ホテルの空室も昨年とは比べ物にならないほどあるし、値段もここ1、2年の高値水準からは落ちているような気もする。
事前のインターネット予約が一番安いというのが定説の香港、こちらもブラリと行っても安く泊まれるだろうか。

 昇仙峡  昇仙峡
 昇仙峡 昇仙峡 

11月7日(金)-オバマ大統領誕生でアメリカは変わるか

去る4日に行われたアメリカの大統領選挙で民主党のバラク・オバマ(Barack Obama)候補が共和党のジョン・マケイン(John McCain)候補を349対162の大差で破り、次期大統領の座を射止めた。
史上初の黒人大統領の誕生への期待、ブッシュ政権の度重なる対テロを口実とした武力行使への厭戦気分、サブプライム問題に端を発した経済の急降下が重なって、当初の予想を超えたオバマ氏の圧勝になったようだ。
それにしても米国内の盛り上がりは近年にないもので、新聞は飛ぶようになくなり、911以降はブッシュ政権の広報のような論調が目立ったCNNでさえ、Barack Obama is 'President of the world'Europe wants to love ObamaLatin American leaders laud Obama's 'historic' victoryMideast welcomes Obama, but serious challenges remainというような、まるで世界中が祝福している、といった論調だ。

ところで、オバマ氏は勝利演説の中で「今夜は祝うにしても、明日から向き合う難題は我々の時代で最大級だ。(イラクとアフガニスタンの)二つの戦争、危機に直面した地球、今世紀最悪の金融危機・・・。さらに、新たなエネルギーの開発、雇用の創出、学校の建設、脅威への対処、修復すべき同盟関係、といった課題が待っている。道のりは長く、険しい。1年、あるいは(大統領任期の)1期(4年)の間には達成できないかも知れない。だが、私は今夜ほどそこに到達できるという希望を持てたことはない。私は約束する。我々が、国民としてそこに到達することを。(For even as we celebrate tonight, we know the challenges that tomorrow will bring are the greatest of our lifetime - two wars, a planet in peril, the worst financial crisis in a century. There is new energy to harness and new jobs to be created; new schools to build and threats to meet and alliances to repair. The road ahead will be long. Our climb will be steep. We may not get there in one year or even in one term, but America - I have never been more hopeful than I am tonight that we will get there. I promise you - we as a people will get there.)」と述べた。

いずれもブッシュ政権が残した負の遺産とも言える。
そして、彼はそれらの難題に挑戦し、それらを克服し、新しいアメリカを築くことが我々にはできる、と高らかに宣言した。
1960年にジョン・F・ケネディが大統領になったときの投票率の63.8%を凌ぎ、過去100年で最高を記録すると言われる今回の選挙の熱気が、そのまま史上初の黒人大統領を生み、その余韻は未だに冷めやらない。
果たして彼の言うように米国の歴史は変わるのか、いずれにせよオバマ新大統領の率いる米国は間違いなく世界の注目を集めるであろう。
特にイスラム世界とアメリカの板挟みになってきたパキスタンでは、ブッシュ政権による高圧的な態度がオバマに変わることによって和らぐことが期待されている。(Pakistanis hope U.S. under Obama will be less bossy)
ただ、このような内外の期待がアメリカの狂信的白人至上主義者の反発を呼び、根深い人種差別の感情が渦巻く中で、悲劇の歴史が繰り返されることもあり得る。
もし、そうなれば、1995年11月のイスラエルのラビン(Yitzhak Rabin)首相暗殺が中東和平を遠いものにしたように、再びアメリカとイスラム世界のいがみ合いが始まるだろう。
私はそんなことがないように祈りたい。

「米国に変革が到来」 オバマ氏勝利演説(全文)
(2008.11.6 朝日新聞)(英文:BBC Obama's victory speech

■CHANGE HAS COME(変革の到来)

If there is anyone out there who still doubts that America is a place where all things are possible; who still wonders if the dream of our founders is alive in our time; who still questions the power of our democracy, tonight is your answer.

もし、米国ではあらゆることが可能であるということを疑ったり、建国者の夢がまだ生きているのか疑問に思っていたり、米国の民主主義の力を疑ったりする人がいたら、こう言いたい。今夜が答えだと。

It's the answer told by lines that stretched around schools and churches in numbers this nation has never seen; by people who waited three hours and four hours, many for the very first time in their lives, because they believed that this time must be different; that their voices could be that difference.

この答えは、(投票するために)全国の学校や教会の周りに行列を作ったこれまでにない数の人々、何時間も待ち続けた人々によって示された。これらは多くの人たちにとって初めてのことだった。今回は違うはずで、自分たちの声が変革になりうると信じていたからだ。

It's the answer spoken by young and old, rich and poor, Democrat and Republican, black, white, Hispanic, Asian, Native American, gay, straight, disabled and not disabled - Americans who sent a message to the world that we have never been just a collection of individuals or a collection of Red States and Blue States: we are, and always will be, the United States of America.

若者と高齢者、富める者と貧しい者、民主党員と共和党員、黒人と白人、ヒスパニック、アジア系、先住民、同性愛者とそうでない人、障害を持つ人とそうでない人が出した答えだ。我々は決して単なる個人の寄せ集めだったり、単なる青(民主党)の州や赤(共和党)の州の寄せ集めだったりではないというメッセージを世界に伝えた米国人の答えだ。私たちは今も、これからもずっとアメリカ合衆国だ。

It's the answer that led those who have been told for so long by so many to be cynical, and fearful, and doubtful of what we can achieve to put their hands on the arc of history and bend it once more toward the hope of a better day.

米国人が達成できることについて、悲観的でおびえていて、懐疑的であるようにとあまりに長い間、あまりに多くの人から言い聞かされてきた人々に対して、歴史の弧に手をかけ、より良い明日の希望に向かって再びそれを動かすように導いた答えだ。

It's been a long time coming, but tonight, because of what we did on this day, in this election, at this defining moment, change has come to America.

長い時間がかかった。でも今夜、この決定的な瞬間、この選挙の日に私たちが成し遂げたことにより、米国に変革が到来したのだ。

■PARTNERS IN THE JOURNEY(旅の相棒)

A little bit earlier this evening I received an extraordinarily gracious call from Senator McCain. He fought long and hard in this campaign, and he's fought even longer and harder for the country he loves. He has endured sacrifices for America that most of us cannot begin to imagine. We are better off for the service rendered by this brave and selfless leader.

先ほど、マケイン上院議員からとても丁重な電話を頂いた。マケイン議員はこの選挙戦で、長い期間懸命に戦った。そして彼は、愛する国のため、もっと長い間、もっと懸命に戦ってきた。彼は米国のために、私たちの大半が想像もつかないほどの犠牲を耐え忍んできた。この勇敢で私心のない指導者の献身のおかげで、私たちはより良い暮らしを享受している。

I congratulate him, I congratulate Governor Palin, for all they have achieved, and I look forward to working with them to renew this nation's promise in the months ahead.

私は、マケイン氏とペイリン知事が達成したことについて、彼らを祝福する。
これから、この国の希望を新たにするため、彼らと共に働くことを楽しみにしている。

I want to thank my partner in this journey, a man who campaigned from his heart and spoke for the men and women he grew up with on the streets of Scranton and rode with on that train home to Delaware, the vice-president-elect of the United States, Joe Biden.

この選挙戦での私の相棒に感謝したい。心のこもった演説を行い、スクラントンの街で共に育ち、デラウェアへ帰宅する列車に乗り合わせた、そんな普通の人々のために発言してきた男、合衆国副大統領に選ばれたジョー・バイデンだ。

And I would not be standing here tonight without the unyielding support of my best friend for the last 16 years, the rock of our family, the love of my life, the nation's next first lady, Michelle Obama. Sasha and Malia, I love you both more than you can imagine, and you have earned the new puppy that's coming with us to the White House.

さらに私は、過去16年にわたる最良の親友であり、家族の要、生涯愛する人、そして次のファーストレディーとなる(妻の)ミシェル・オバマの揺るぎない支持なくして、今夜ここに立つことはできなかった。(娘の)サーシャとマリア、君たちが想像する以上に私は君たちのことを愛している。新しい子犬と一緒にホワイトハウスに行こう。

And while she's no longer with us, I know my grandmother is watching, along with the family that made me who I am. I miss them tonight, and know that my debt to them is beyond measure. To my sister Maya, my sister Auma, all my other brothers and sisters - thank you so much for all the support you have given me. I am grateful to them.

もうこの世にいないが、(母方の)祖母が、私をここまで育ててくれた家族と共に私のことを見守ってくれていることを知っている。亡き家族がここにいないのをとても寂しく思う。彼らへの恩義は計り知れないものだ。姉妹のマヤとアルマ、他のすべての兄弟姉妹たち、君たちの応援にとても感謝している。

To my campaign manager David Plouffe, the unsung hero of this campaign, who built the best political campaign in the history of the United States of America. My chief strategist David Axelrod, who has been a partner with me every step of the way, and to the best campaign team ever assembled in the history of politics - you made this happen, and I am forever grateful for what you've sacrificed to get it done.

選挙事務局長のデービッド・プルフ、君はこの選挙戦の隠れた英雄だ。おそらく米国の歴史上で最高の政治運動の態勢を築いてくれた。最高戦略責任者のデービッド・アクセルロッド、君はあらゆる局面で私と共にいてくれた。政治史で最高の選挙チームが勝利を可能にした。このために君たちが払った犠牲に対して永遠に感謝する。

■VICTORY FOR THE PEOPLE(国民の勝利)

But above all, I will never forget who this victory truly belongs to - it belongs to you.

しかし、何にもまして、この勝利が本当は誰のものかを私は決して忘れない。それは(米国民である)あなたたち、あなたたちのものなのだ。

I was never the likeliest candidate for this office. We didn't start with much money or many endorsements. Our campaign was not hatched in the halls of Washington - it began in the backyards of Des Moines and the living rooms of Concord and the front porches of Charleston.

私は大統領の最有力候補であったことがなかった。十分な資金や多くの推薦と共に始めたわけではない。最初は資金も支持者も少なかった。我々の選挙戦はワシントンの大会場ではなく、デモインの裏庭やコンコードの居間、チャールストンの玄関先で始まった。

It was built by working men and women who dug into what little savings they had to give $5 and $10 and $20 to the cause.

少ない貯金の中から5ドル、10ドル、20ドルを出してくれた、働く人々のおかげだ。

It grew strength from the young people who rejected the myth of their generation's apathy; who left their homes and their families for jobs that offered little pay and less sleep; it grew strength from the not-so-young people who braved the bitter cold and scorching heat to knock on the doors of perfect strangers; from the millions of Americans who volunteered, and organised, and proved that more than two centuries later, a government of the people, by the people and for the people has not perished from the Earth.

力を増したのは、無気力な世代という神話をはねのけた若者たちが、家族から離れ、少ない報酬と睡眠時間の仕事をしてくれたからだ。寒さにも暑さにも負けず、全くの赤の他人の家をノックして回ってくれた、そう若くない人々からも力を得た。ボランティアとして集まって組織を作り、(リンカーン米大統領の言った)「人民の人民による人民のための政治」は200年以上たっても滅びていないと証明した何百万人もの米国人から力を得た。

This is your victory.

これは、あなたたちの勝利だ。

■THE TASK AHEAD(待ち受ける難題)

I know you didn't do this just to win an election and I know you didn't do it for me. You did it because you understand the enormity of the task that lies ahead. For even as we celebrate tonight, we know the challenges that tomorrow will bring are the greatest of our lifetime - two wars, a planet in peril, the worst financial crisis in a century.

そして、あなたたちがこの選挙に勝つためだけに行動したのではないことを私は知っている。私のために行動したのでないことも。あなたたちは、これから待ち受けている膨大な課題を理解しているから行動したのだ。今夜は祝うにしても、明日から向き合う難題は我々の時代で最大級だ。(イラクとアフガニスタンの)二つの戦争、危機に直面した地球、今世紀最悪の金融危機・・・。

Even as we stand here tonight, we know there are brave Americans waking up in the deserts of Iraq and the mountains of Afghanistan to risk their lives for us.

我々は今夜、ここに集っていても、イラクの砂漠やアフガニスタンの山地で起床し、我々のために命の危険を冒している勇敢な米国人がいることを知っている。

There are mothers and fathers who will lie awake after their children fall asleep and wonder how they'll make the mortgage, or pay their doctor's bills, or save enough for their child's college education. There is new energy to harness and new jobs to be created; new schools to build and threats to meet and alliances to repair.

子供たちが眠りについた後も、多くの父親や母親が、住宅ローンや医療費、子供たちの大学の費用をどうやって工面したらいいか思い悩ませている。新たなエネルギーの開発、雇用の創出、学校の建設、脅威への対処、修復すべき同盟関係、といった課題が待っている。

■REMAKING THE NATION(国家の再建)

The road ahead will be long. Our climb will be steep. We may not get there in one year or even in one term, but America - I have never been more hopeful than I am tonight that we will get there. I promise you - we as a people will get there.
There will be setbacks and false starts. There are many who won't agree with every decision or policy I make as president, and we know that government can't solve every problem. But I will always be honest with you about the challenges we face. I will listen to you, especially when we disagree.

道のりは長く、険しい。1年、あるいは(大統領任期の)1期(4年)の間には達成できないかも知れない。だが、私は今夜ほどそこに到達できるという希望を持てたことはない。私は約束する。我々が、国民としてそこに到達することを。
出だしのつまずきや失敗はあるだろう。大統領としての私の決定や政策のすべてに必ずしも賛成しない人もたくさんいるだろう。政府があらゆる問題を解決することはできないことも我々は知っている。 だが、我々が直面する困難について私は常にあなたたちに正直にいる。特に意見が異なるときほど、あなたたちの声を聞く。

And above all, I will ask you to join in the work of remaking this nation the only way it's been done in America for 221 years - block by block, brick by brick, calloused hand by calloused hand.

そして何よりも、あなたたちにこの国の再建に加わってもらいたい。221年間米国がやってきた、ブロックやれんがを一つひとつ、硬くなった手で積み上げるという唯一のやり方で。

■ONE NATION, ONE PEOPLE(ひとつの国家、ひとつの国民)

What began 21 months ago in the depths of winter cannot end on this autumn night. This victory alone is not the change we seek - it is only the chance for us to make that change. And that cannot happen if we go back to the way things were. It cannot happen without you, without a new spirit of service, a new spirit of sacrifice.

21カ月前の真冬に始まったことは、この秋の夜には終わらない。この勝利だけが、我々が追い求める変革ではない。これは変革を行うためのチャンスに過ぎない。もし以前の状況に戻ってしまったら、変化は起きない。あなたたち抜きではできない。新しい奉仕、犠牲の精神抜きではできない。

So let us summon a new spirit of patriotism; of service and responsibility where each of us resolves to pitch in and work harder and look after not only ourselves, but each other. Let us remember that if this financial crisis taught us anything, it's that we cannot have a thriving Wall Street while Main Street suffers - in this country, we rise or fall as one nation; as one people.

仕事に取りかかり、より懸命に働き、そして互いに助け合えるよう、新しい愛国の精神、責任感の精神を呼び起こそう。今回の金融危機が何かを教えてくれたとしたら、町の大通りが疲弊しているときにウォール街だけが栄えていることはできないということだと思いだそう。この国では、我々は一つの国家、つまり一つの国民として栄えたり衰退したりする。

Let us resist the temptation to fall back on the same partisanship and pettiness and immaturity that has poisoned our politics for so long. Let us remember that it was a man from this state who first carried the banner of the Republican Party to the White House - a party founded on the values of self-reliance, individual liberty, and national unity.

長い間この国の政治を害してきた狭量で未熟な党派主義に戻ろうという誘惑に耐えよう。初めて共和党からホワイトハウスに乗り込んだのは、この州の出身者だった。共和党は自立と個人の自由、国の団結という価値観に基づいて設立された。

Those are values that we all share, and while the Democratic Party has won a great victory tonight, we do so with a measure of humility and determination to heal the divides that have held back our progress. As Lincoln said to a nation far more divided than ours: "We are not enemies, but friends… though passion may have strained it must not break our bonds of affection."

これらの価値観は我々も共有している。今夜、民主党は大きな勝利を得た。だがそれは、一定の謙虚さと、我々の進歩を滞らせてきた分断状態を正常化しようという決意を伴うものだ。リンカーンは、我々以上に分裂していた国民に対し、「我々は敵ではなく友人なのだ」と語った。感情は高まっているかもしれないが、好意のきずなを断ってはいけない。

And to those Americans whose support I have yet to earn - I may not have won your vote tonight, but I hear your voices, I need your help, and I will be your president too.

私を支持してくれなかった人たち、あなたたちの票は得られなかったが、あなたたちの声は聞こえている。あなた方の助けが必要だ。私はあなたたちの大統領にもなるのだ。

■AMERICA IN THE WORLD(世界の中のアメリカ)

And to all those watching tonight from beyond our shores, from parliaments and palaces to those who are huddled around radios in the forgotten corners of the world - our stories are singular, but our destiny is shared, and a new dawn of American leadership is at hand.

今夜、米国の外で見守っている人たち、議会や王宮のみならず、忘れられた世界の片隅で、ラジオの周りに集まっている、あらゆる人々に対して言いたい。我々の物語はそれぞれ独自のものだが、行き先は共有できる。米国の新しい指導力の夜明けは近づいている、と。

To those who would tear the world down - we will defeat you. To those who seek peace and security - we support you.

この世界を破壊しようとする者たち、我々はおまえたちを打ち負かす。そして、平和と安全を求める人々、我々はあなたがたを支援する。

And to all those who have wondered if America's beacon still burns as bright - tonight we proved once more that the true strength of our nation comes not from the might of our arms or the scale of our wealth, but from the enduring power of our ideals: democracy, liberty, opportunity and unyielding hope.

米国の(指導力の)灯台が今も明るく輝いているのか疑問に思っている人々よ。今夜、我が国の本当の強さが、武力や富の力ではなく、民主主義や自由、機会や希望といった絶えざる理想の力に由来することを改めて証明した。

For that is the true genius of America - that America can change. Our union can be perfected. And what we have already achieved gives us hope for what we can and must achieve tomorrow.

これが米国の真の才能だ。米国は変化できる。我々の団結は完遂できる。これまで成し遂げたことから、明日達成できること、そしてしなければならないことへの希望が生まれる。

■A HISTORY OF STRUGGLE(奮闘の歴史)

This election had many firsts and many stories that will be told for generations. But one that's on my mind tonight is about a woman who cast her ballot in Atlanta. She's a lot like the millions of others who stood in line to make their voice heard in this election except for one thing - Ann Nixon Cooper is 106 years old.

今回の選挙で初めて起きたこと、そして多くの話が、何世代にもわたって語り継がれるだろう。しかし、今夜私の心に浮かぶのは、アトランタで1票を投じた女性のことだ。他の数百万人の有権者と同様に、行列に並んで投票した。ただひとつ他の人たちと違っていたのは、彼女、アン・ニクソン・クーパーさんが106歳だということだ。

She was born just a generation past slavery; a time when there were no cars on the road or planes in the sky; when someone like her couldn't vote for two reasons - because she was a woman and because of the colour of her skin.

彼女は奴隷制が終わってわずか1世代後に生まれた。まだ道には車がなく、空には飛行機が飛んでいなかった時代だ。彼女のような人が、女性であるということと、肌の色という2つの理由で投票ができなかった時代だ。

And tonight, I think about all that she's seen throughout her century in America - the heartache and the hope; the struggle and the progress; the times we were told that we can't, and the people who pressed on with that American creed: Yes, we can.

今夜、この1世紀に米国で彼女が見たすべてのことに思いをはせたい。傷心と希望、努力と進歩、「不可能だ」と言われ続けたことに対して、「我々はできる」という米国の信条を進めようとした人々。

At a time when women's voices were silenced and their hopes dismissed, she lived to see them stand up and speak out and reach for the ballot. Yes, we can.

女性が声を出せず、希望が踏みにじられた時代もあったが、女性が立ち上がって発言し、投票を求める姿を、彼女は目の当たりにした。我々はできるのだ。

When there was despair in the dust bowl and depression across the land, she saw a nation conquer fear itself with a New Deal, new jobs and a new sense of common purpose. Yes, we can.

(30年代に中西部で起きた)土埃の嵐の絶望や全土の恐慌の時にも、この国がニューディール政策や新たな雇用、そして新たな共通目標の意識によって、恐怖そのものを克服するのを、彼女は見た。我々はできるのだ。

When the bombs fell on our harbour and tyranny threatened the world, she was there to witness a generation rise to greatness and a democracy was saved. Yes, we can.

我々の港が爆撃され、独裁体制が世界を脅かしたが、彼女は、一つの世代が立ち上がり、民主主義が守られるのを目撃した。我々はできるのだ。

She was there for the buses in Montgomery, the hoses in Birmingham, a bridge in Selma, and a preacher from Atlanta who told a people that "we shall overcome". Yes, we can.

(黒人解放運動のきっかけとなったアラバマ州)モンゴメリーの通学バスのボイコットやセルマのデモ、「我々は勝利する」というキング牧師の言葉も聞いた。我々はできるのだ。

A man touched down on the Moon, a wall came down in Berlin, a world was connected by our own science and imagination. And this year, in this election, she touched her finger to a screen, and cast her vote, because after 106 years in America, through the best of times and the darkest of hours, she knows how America can change. Yes, we can.

人類が月に到達し、ベルリンの壁が崩壊し、世界は科学と想像力でつながった。そして今年、この選挙で彼女は指で画面に触れて一票を投じた。106年の生涯で良いときも暗い時代も経験し、彼女は米国がいかに変化するかを知っているからだ。我々はできるのだ。

■THIS IS OUR MOMENT(我々の時代)

America, we have come so far. We have seen so much. But there is so much more to do. So tonight, let us ask ourselves - if our children should live to see the next century; if my daughters should be so lucky to live as long as Ann Nixon Cooper, what change will they see? What progress will we have made?

米国よ、我々はここまで来た。いろんなものを見てきた。だが、やるべきことはまだまだある。だから今夜、自らに問おう。我々の子どもたちは次の世紀を見られるのか。私の娘たちがアン・ニクソン・クーパーのように長生きできたら、どんな変化を見るのか。我々はどんな進歩を遂げているのか。

This is our chance to answer that call. This is our moment.

これらの問いに我々が答える好機だ。今は、我々の時代なのだ。

This is our time - to put our people back to work and open doors of opportunity for our kids; to restore prosperity and promote the cause of peace; to reclaim the American dream and reaffirm that fundamental truth - that out of many, we are one; that while we breathe, we hope, and where we are met with cynicism and doubt, and those who tell us that we can't, we will respond with that timeless creed that sums up the spirit of a people: yes, we can.

人々に仕事を戻し、子どもたちに機会の扉を開こう。繁栄を再建し、平和の大義を推進しよう。アメリカン・ドリームを取り戻し、我々は一つであるという根本的真実を再確認しよう。希望を持つことは息するくらい当たり前だ。皮肉や懐疑心に出会ったり、「できやしない」という人に出会ったりしたら、米国民の精神を要約する不朽の信条で応えよう。「我々はできる」

Thank you, God bless you, and may God bless the United States of America.

ありがとう。神の祝福がありますように、そしてアメリカに幸あれ。

関連サイト


11月3日(祝)-宝くじを買うかイラクディナールを買うか

イラクディナール紙幣イラクディナール外貨投資ショップ、これは私の参加している海外投資のSNS、World Investorsの広告にあったものだが、宝くじを買うつもりでイラクディナールを買おうというものらしい。
普通の宝くじなら買った翌月くらいには抽選結果が出るが、このイラクディナールは買ったことさえ忘れるくらいの気持ちでいなければならない。
なぜなら、今のところ換金性は低く、FAQを見る限り、今のところこのショップ以外で(もっともアメリカのサイトで取引ができればUSドルに換えることはできるかもしれないが)イラクディナールを円に換金できそうなところがなさそうだからだ。
そういった意味では10数年先を見据えて投資しろという海外ファンドに似ていなくもないが、紙くず同然になる確率があることからすれば宝くじに近いとも言えそうだ。

ところで、「期待収益は、投資予算の300倍 イラクディナールで大きく稼ごう」といったキャッチコピーで思い出したのは2004年2月4日号のNewsweek Japanの記事、「ディナール長者への危険すぎる賭け」というものだ。
その記事には、「現地の為替トレーダーは『すべてがうまくいけば、1ディナール=3.5ドル程度に落ち着く』と主張する。これは1970年代の石油ブームのころのレートだ。今日のレートでディナールを100ドル分購入すれば、豊かな時代が戻ったときには50万ドル近くに化けるかもしれない。だが、このブームはいつまで続くのか。イラク中央銀行のアフメド・ムハンマド総裁によれば、発行された新紙幣の約半分が国内流通から姿を消したという。家庭に退蔵されたか、売却用に国外に持ち出されたらしい。当局はディナールの国外持ち出しを禁じているが、現実にはパキスタンのような遠く離れた取引所でも値がついている。エジプトでは、1ドル=330ディナールという高騰ぶりだ。」

あれから4年、イラクディナールは日本でも買えるようになったようだ。
2004年当時には公式には国外持ち出しが禁止されていたディナールが国外で公式に流通するようになったことだけでも大きな進歩かもしれない。
そう考えれば、地政学的に考えて、20年後くらいには湾岸協力会議(GCC=Gulf Cooperation Council)加盟国共通通貨(GCC Unified Currency)への参加も期待できる。
このGCC共通通貨は、アラブ版のユーロみたいなもので、2010年1月1日までに導入される計画、今月の首脳会議で通貨統合協定が承認される予定(Gulf News: GCC to endorse monetary union deal at November summit)になっている。
ちなみに、私が言う20年後というのは、ハンガリーやチェコ、スロバキアなどの旧東欧諸国がユーロ(参考:ECB - Map of euro area)に参加できる条件が整う(参考:外務省-EUにおける通貨統合)までの年数と同じくらいと考えたのだが、時代の流れからすればもっと早まる可能性もある。
もっとも私たちが生きている間に実現しない可能性も大いにあるが・・・

さらに、米政権の閣僚ポストと回転ドア(revolving door)と揶揄されるゴールドマン・サックスのCEO、そのゴールドマン・サックスがネクスト・イレブン(「どこがポスト中国か(Can Anyone Else 'Do A China')」)に挙げている中には何とイランも入っている。
つまり、米政権は言葉とは裏腹にイランを投資の対象国とするのだろう。
要するに、対イラン政策は、対北朝鮮政策のように悪の枢軸(axis of evil)からの転換をする可能性もあるのだろうが、治安が泥沼の状態にあるイラクに対しては果たして復興へのロードマップを描けるのだろうか。
それとも明日の米大統領選でオバマが当選すれば少しは変わるのだろうか。

ところで、イラクディナールの投資するツールは英語のサイトでも提供されている。
その名もeDinar FinancialDinar Trade、こんな単一マイナー通貨に投資するサイトが次々に現れるということは満更眉唾ものでもないらしい。
年末ジャンボ宝くじを買うか、イラクディナールを買うか。
あなたならどうする?

ディナール長者への危険すぎる賭け-イラク新紙幣の買い占めがブームに
(2004.2.4 Newsweek Japan by ロッド・ノードランド、ガミーラ・イスマイル)
それをぎっしり詰めたスーツケースを抱えた密輸業者が姿を現したとき、ナイル河口の町ナバロ(Nabaroh)の住民は熱狂した。
農民のアハメド・アブルエラは、1頭しかいない水牛を約1キロ分のそれと交換した。
ハレドとアラーも、共有する車を売ってそれを手に入れた。
先週、エジプト政府はナバロに、「それ」の密輸を取り締まるため警官隊を送り込んだ。
ナバロだけでなく、中東各地で爆発的な人気の密輸品。イラクの新ディナール紙幣である。
バグダッドに陣取るアメリカ人も、イラクの新紙幣がこんな形で歓迎されるとは予想していなかっただろう。

4兆5000億ディナール分の新紙幣が発行されたのは、1月15日。
だが経済が崩壊し、テロが多発する現在、イラク国民は新紙幣の価値が暴落するのを恐れて、競って新紙幣を米ドルに交換した。
気持ちはわかるが、これがまちがいだった。
投機筋が新紙幣の買いに走っていたからだ。
ディナールは値を下げるどころか急上昇。
1週間もたたないうちに、発行時の1ドル=2000ディナールが1450ディナールにはね上がった。
25%の上昇である。
ヤミレートの動きはさらに激しく、バグダッドの両替商は先週段階で1ドル=900ディナールの値をつけていた。

●国内が安定すれば6倍に?

現地の為替トレーダーは「すべてがうまくいけば、1ディナール=3.5ドル程度に落ち着く」と主張する。
これは70年代の石油ブームのころのレートだ。今日のレートでディナールを100ドル分購入すれば、豊かな時代が戻ったときには50万ドル近くに化けるかもしれない。
だが、このブームはいつまで続くのか。イラク中央銀行のアフメド・ムハンマド(Ahmed Muhammad)総裁によれば、発行された新紙幣の約半分が国内流通から姿を消したという。
家庭に退蔵されたか、売却用に国外に持ち出されたらしい。

当局はディナールの国外持ち出しを禁じているが、現実にはパキスタンのような遠く離れた取引所でも値がついている。
エジプトでは、1ドル=330ディナールという高騰ぶりだ。

ハレドとアラーは車を1ドル=560ディナールのレートで売り、200万ディナールを手にした。
「アメリカは新ディナールの下落を容認しないだろう」と、アラーは言う。
農民のアブルエラは、1ドル=1366ディナールのレートで水牛を売り、200万ディナールを確保した。
当分はじっと待つつもりだ。
「イラクが安定するまで待てば6倍くらいにはなる」と、アラーは踏んでいる。
いつその日が来るのか。いや来るかどうかさえわからない。
人為的に流通が抑制された貨幣の供給を補うために、中央銀行が紙幣を増刷し、ディナールの急落を招く可能性もある。
ディナールは気まぐれだ。
あれほど絶対的な権力を誇ったフセインその人でさえ、思いのままにディナールを操ることはできなかったのだから。

英文サイト:Bet Your Bottom Dinar - Buyers go wild for Iraq's new cash. Is it a dangerous wager?

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