三大疾病(がん・急性心筋梗塞・脳卒中)に罹った時に実質的に残りの住宅ローンの支払いが免除になる三大疾病保障特約付住宅ローンというものがある。
例えば三井住友銀行の住宅ローンを例にとると、一般のローンの場合、借入額3千万円、返済年数35年、年利3.94%(本日現在の全期間固定金利)として、資金係数表で計算すると、年間返済額は1,594,200円である。
これに特約保険料分として年利0.3%が上乗せになるので、年間返済額は1,660,200円となる。
差額は年間で66,000円、これを安いと見るか高いと見るかは個人差があるだろうが、いずれにせよ保険料の負担者はローン債務者である。
そして、今度は耐震強度偽装問題でクローズアップされた欠陥住宅の補修に対して政府が保険制度を創設するとの記事が日経新聞の一面を飾った。
ただ、一見すると住宅ローン債務者に朗報に見えるが、実際のところはどうなのだろうか。
まず、記事では損保各社が共同で保険料を拠出するとあるが、最終的負担者は彼らではあるまい。
そうなると表向きはマンションの施工業者が負担することになるだろうが、それは確実に住宅購入者に転嫁されるだろう。
そして、一番の問題は最初から欠陥商品を売りつけておいて、後は保険で補修できるのだからいいではないか、というモラルハザードを生む危険性が大いにあるということだ。
まして、その方が金銭的に有利だとなれば、全国で欠陥マンションが乱立することになる。
また、こうした保険で補償をする制度は、常に保険金を出す出さないのトラブルのリスクが付きまとう。
どういった場合に保険が適用になるのか、揉めるのは宿命といっても過言でない。
私はかつて「耐震強度偽装を始めとする欠陥住宅の問題は、日本の住宅ローンがノン・リコース・ローン(non-recourse loan/非遡及型融資)になれば、ほぼなくなる。なぜなら債権者(銀行)が担保割れリスクを持つならば、いい加減な建設工事を厳重に監視するからだ。」と主張した。
それに担保価値を守ろうという経済行動から健全な中古住宅市場もでき得る。
しかしながら、今回もそういった視点で政策が取られることはないだろう。
それは第一に、銀行の融資部門がこうしたリスク査定をできるだけの実績があるとは思えないこと、第二に、ノン・リコース・ローンになれば、必然的に融資金利はリスクの分だけ上乗せされるので、多くの住宅ローン債務者がそれだけの負担に耐えられないと思われるからだ。
そして何より大きな理由は、日本の国策として「生かさぬように、殺さぬように」がサラリーマン奴隷化政策の根幹にあるからだ。
2009年1月18日号の日経ビジネスの特集にあった「日本の住宅ローンは世界から見れば変則です」というのは大きな反響があったという。
しかし、これが政策に反映されることはない。日本の悲しき現実がここにある。
欠陥住宅補償に安全網 損保・政府が再保険立ち上げ (2009.4.21 日経新聞) |
政府は10月に導入する欠陥住宅の被害を補償する新しい保険制度について、官民による再保険を立ち上げる。 巨額損失に備えて損害保険各社があらかじめ共同で保険料を拠出し、最大125億円まで保険金を支払う。それでも不足すれば政府の基金で補う。 住宅購入者は、大規模マンションなどで欠陥が見つかっても確実に補修してもらえる。 再保険による安全網が整うことで、欠陥住宅の補償制度の円滑な導入に弾みがつく。 これまでも新築住宅は、引き渡し後10年間に雨漏りなどの欠陥が見つかれば業者が補修や建て替えの責任を負っていた。 欠陥住宅の被害を補償する民間保険商品はこれまでもあったが、強制加入でなく、普及していなかった。 2005年に発覚したマンション販売、ヒューザーなどの耐震強度偽装問題では、販売業者などが倒産して補修がなされず二重ローンを背負う購入者も出た。 |
日本政府が1999年(平成11年)7月28日に批准したILO181号条約、正式名をConvention concerning Private Employment Agencies(民間職業仲介事業所に関する条約)といい、ここでいう民間職業仲介事業所とは、簡単に言えば労働者派遣業のことである。
条約の第1条1(b)では、「労働者に対して業務を割り当て及びその業務の遂行を監督する自然人又は法人である第三者(以下「利用者企業」という。)の利用に供することを目的として労働者を雇用することから成るサービス」と規定されていて、間単に言えば、労働者を第三者(企業)に派遣する目的で雇用することである。
そして、条約第2条2は、船員の雇用を除いて労働者派遣業が「すべての種類の労働者及びすべての部門の経済活動について適用」されるとあるため、この条約を批准した日本もそれに基づいて1999年(平成11年)12月に「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」が改正され、労働者を派遣できる対象業務が大きく広がった。
一方で、条約第11条は、国は法律に基づいて派遣労働者(条約の第1条1(b)に規定する企業に雇用される労働者)を保護するために必要な措置を取るべきことが、第12条では、国が法律により、民間職業仲介事業所(派遣元企業)、利用者企業(派遣先企業)の双方に派遣労働者保護の責任分担をさせることがうたわれている。
朝日新聞の記事にもあるようにこちらはほとんどないに等しい。
特に、法令上の社会保障給付(statutory social security benefits)、訓練を受ける機会(access to training)、職業上の安全及び健康の分野における保護(protection
in the field of occupational safety and health)、職業上の災害又は疾病の場合における補償(compensation
in case of occupational accidents or diseases)、母性保護及び母性給付並びに父母であることに対する保護及び給付(maternity
protection and benefits, and parental protection and benefits)については、派遣労働者が適用される法規定があるのかさえ怪しいものだ。
私は先月12日の「今日の一言」で、「経済界が非正規雇用者を増やさなければ国際競争力云々と言うのであれば、せめて彼らに人間らしい住環境を提供できるような政策を取るように政府に圧力をかける義務がある。」と書いたが、これは雇用のセーフティネットにも言えることだ。
国際条約で決められた最低水準のものさえシカト(無視)して「走ってみて問題が出れば改めればいい」などというのは、およそまともな神経とは思えない。
日本でこうした欠陥制度が是正されるまでに何年の月日を空費しているか知らないわけではなかろう。
改革が必要なときは遅々として何もしないくせに、外圧がかかると何も考えずに突っ走るところは日本のエスタブリッシュメントの性癖としか言いようがないほど、今も昔も何も変わっていない。
それとも今や偽装請負で糾弾されるようなキャノンの御手洗冨士夫氏が経団連会長を務めるだけあって、経営者たちはこんなもの(労働者保護法制を規定した条項)はシカト(無視)に限るとでも思ったのか。
いずれにせよ、今議論されている派遣労働者問題も正規社員と非正規社員の待遇を同等にするという観点は非常に薄いと言わざるを得ない。
日本では労働基準法を始めとする労働法制は、罰則規定の軽さと、労働者の無知に付け込んで経営者にシカト(無視)される傾向が強いが、国際条約の規定まで蔑ろにされているとは私も知らなかった。
そして、紀陸孝・東京経営者協会専務理事の「非正社員は女性や若者」、「夫や親が支えになれるし、次の仕事を見つければいいと考えた」という発言は、私が3年前に掲載したエッセイ「少子化も人口減も止まらない理由」で書いたことが極めて正しかったように思える。
要するに日本の経済界の重鎮が、女性の経済的自立など論外、派遣の若者はパラサイトでいればいい、と公言したのと同じことだからだ。
これでは所謂シングルマザーやドメスティック・バイオレンス(DV)の憂き目にあった女性たち、及びその子供が貧困から抜け出せないようになっているのも当然だ。
以下に私が書いたエッセイの一節を紹介するが、こうしたものの積み重ねが後世のツケとなって跳ね返って来ないことだけを祈りたい。
■森永卓郎氏の言う「人生の不良債権」の衝撃
森永卓郎氏が「年収300万円時代を生き抜く経済学」の中で「住宅ローン・専業主婦・子供」を「人生の不良債権」と位置づけたことは、一般のサラリーマン家庭にとって衝撃的だったに違いない。
高度成長時代から政府が標準モデル世帯としているのは、「住宅ローンで買った郊外の家に住む会社員(公務員)の夫に専業主婦の妻、子供2人」というものだし、生命保険会社や金融機関もそれを前提に商品を勧めていたし、今まで多くのサラリーマンは何の疑いも持たずにそうした生活を送ることを当然視していたのだ。
それを今更「違うんだよ。それは不良債権だ。何とかしろ。」と言われて、ハイそうですか、と言えるだろうか。
つまり、バブル経済崩壊後の低成長時代においても、「中年男性」が高賃金という既得権の牙城を死守しなければならない理由は、誰が何を言おうとも選択肢がそれしかないからだ。
果たして森永卓郎氏の言う「不良債権」は中高年サラリーマンにとってどうにかできるものだろうか?
たぶん答えはNOだ。
彼らに残された道は、少なくなったパイを奪い合う生存競争の中で、かつての仲間といえども蹴落としあうことだけだった。
しかもそこに参入させる若者は少なければ少ないほどいい。
まして女性の参加は論外である。
派遣労働の自由化だけ急いだ日本 (2009.3.18 朝日新聞特集-世界変動-雇用どこへ) |
日本で雇い止めが相次いだ派遣労働は、欧州でも「柔軟な雇用」の一つとして広がっている。 1997年に国際労働機関(ILO)が採択した181号条約で原則自由化が認められ、各国が批准したからだ。 だが、この条約は労働者保護もうたい「業種類制から働き手の保護への転換」の意味も持っていた。 欧州では、派遣社員の賃金や失業給付を正社員と同水準にする「均等待遇」の法制化が広がった。 日本が1999年に実施した派遣労働の原則自由化も、同じILO条約が理由だった。 しかし、安全網の論議は素通り。 製造業派遣の解禁を議論した2002年の労働政策審議会では労働側が「均等待遇や安全網の充実」を訴えたが、経営側は「走ってみて問題が出れば改めればいい」と主張した。 ある公益側委員は「規制改革会議の意向で自由化ありきの結論が先走っていた」と振り返る。 日本経団連の川本裕康常務理事は「当時は不況で失業率が急上昇し、就業の多様化で雇用をつくること自体が安全網だった」という。 「安全軽視」の背景には「非正社員は女性や若者」との見方があった。 紀陸孝・東京経営者協会専務理事は「夫や親が支えになれるし、次の仕事を見つければいいと考えた」という。 だが、家族の支えも「次の仕事」も崩れる。 「9月までの契約が終わったら更新はしません」。神奈川県内に住む契約社員の女性(39)は、昨年8月末、突然言い渡された。 夫は大手自動車メーカーの管理職。専業主婦だったが、子どもが生まれた2002年前後の不況で夫の収入は大きく減った。 仕事を探したが、残業できない子持ちに正社員の口はなかった。 今回の不況でも夫の賃金は3割近く下がり、自分の賃金がないと、保育料や住宅ローンが払えない。 日本の失業手当は最長でも約11カ月。この女性の場合、収入の6割が半年間支給されるだけだ。 欧州でも厳しい不況で雇用が揺らいでいるが、均等待遇、手厚い失業給付や職業訓練、労組の応援という支えはある。 一方、柔軟化だけを急ぎ、いま慌てて手を打ち始めた日本。 暮らしの安心に向け、経済危機をプラスに生かす時だ。 |
昨日、職場の歓送迎会があった。
久々に新人、しかも「掃き溜めに鶴(むさくるしい所に似つかわしくない、すぐれたものや美しいものが現れるたとえ)」って感じの麗しい女性が入ってきたので、嬉しくなかったといえば嘘になる。
ところが、そういう女性はお約束で、とりあえず最初のうちは最上位の管理職の周辺(隣)に座らざるを得ない宿命がある。
私は一次会で美女の隣に座れなかった愚痴を書き垂れたいわけではない。
考えてみれば、私は1月からずっと毎週のように飲み続け(Weekly Party during winter in 2009)という感じがあったのだが、オフィシャル(職場)の飲み会は、自分のプロジェクトチームの打ち上げを除けば、その中に入っていなかったから忘年会以来、約4ヶ月ぶりということになる。
職場の飲み会というのは、私にとって、旅行でいえば添乗員付きパックツアーのようなものだ。
どちらも始まる前から中身が想像できるし、知的好奇心を満足させることはほとんどない。
そういった理由からオフィシャルな飲み会は単なる義理ごとの意味合いが強い。
ここでいうオフィシャルとは、いわゆる自分が属するセクションの、ということで、単に相手が会社の人間だから全く飲まないなんてことはない。
私の場合は、インターネットを通して同じ趣向を持った多種多様な人と知り合うようになってからは、職場での付き合いは相対的に低下の一途を辿っている。
ましてギブ・アンド・テイクの関係を築けない相手との飲み会(義理ごと)など疎遠になる一方である。
企業の管理職クラスに読者が多いビジネス誌などでは「今やノミュニケーションという名の(飲み会を通じた)部下とのコミュニケーションはとりづらい時代だ」みたいなことが書かれている。
しかし、そうしたことを嘆く人たちは、たいていの場合、「会社人間」と揶揄される人で、おまけにITが苦手だったりもする。
今の20代、30代と話が合うはずがないし、部下の側から見れば、それは単なる苦痛なセレモニーに過ぎないとしか思わない。
自分も後輩からそう思われるような世代に完全に突入した。
話していてつまらねえヤツとか思われないように自戒を込めて義理ごと(飲み会)を振り返ろうと思う。
今年の2月にクレジットカード会社を通じてマリオットバケーションクラブ(Marriott Vacation Club)のギフト付きギャラリーツアーの案内が送られてきた。
このキャンペーンの期限は先月末で終わっているので、今更どうこうするものではないが、もし参加しようとしても、「ギャラリー参加条件」として、「1年以内にマリオット・バケーション・クラブ・アジアパシフィックのギフト付き見学会・説明会に参加していない方」とあり、私はこれに完全に抵触する。
いったいどういう顧客管理をしているのかと思う。
なぜなら私は昨年の7月19日に説明会に参加し、JALのギフト券(当時)をもらっているばかりでなく、マリオット・バケーション・クラブ・インターナショナル・アジア・パシフィック(MVCIAP=Marriott Vacation Club International
Asia Pacific)とのオーナーシップ契約もしたからだ。
それで、なぜ私が昨年秋以降、今度のゴールデンウイークの旅行を含めて、香港・上海・メキシコシティ・カンクン(メキシコ)・ラスベガスとまさにマリオット系列のホテルには事欠かない都市に滞在(を予定)しながら、マリオット(MVCIAP)のポイントを使ってホテルを予約しないのかというと、決して滞在予定日にホテルが満室だったからということでない。
相手方スタッフの重過失と怠慢によって精神的な苦痛を受けたことに対し、私が契約の白紙撤回を求めた結果、それが認められたことで、昨年の11月にマリオット(MVCIAP)との契約が存在しなくなったからだ。
ここで、あえてこういう書き方をしたのは、マリオット(MVCIAP)とのオーナーシップ契約を結んだ場合、クーリングオフ期間である8日間を経過すると、契約の解除を求める権利も失効するからだ。
それは最初の契約のときにも言われるし、契約書にも明示され、自分自身が途中で契約を続行する意思がなくなった場合は、オーナーシップの権利を第三者に売るか、既払い金の返還請求権を含めた権利義務関係のすべてを放棄するかの二者択一となる。
ちなみに、クーリングオフ期間の8日間というのは、私が思うに、マリオット(MVCIAP)とのオーナーシップ契約が特定商取引法でいう「特定継続的役務提供」に該当するからだと思われる。
ところで、ここでいう相手方スタッフの重過失と怠慢に対する契約の白紙撤回要求については、私とマリオット(MVCIAP)との間で解決済みのことでもあるので、細かいことには触れない。
ただ、こういった外資系企業との契約はそれがすべてであり、相手方の重過失があっても、そのことを楯に契約外の交渉をし続けることは異常なエネルギーを使うということだけは言っておく。
最終局面では、シンガポールのオフィスに乗り込むべく通訳の依頼の準備までしたほどだ。
そして、外資系企業の日本人スタッフが顧客とのトラブルの当事者であった場合、自分の身の可愛さ故に、外国人上司にこちらの苦情(complaint)をそのまま翻訳して伝えるということは期待できないということだ。
なぜなら、それが成績主義(業績評価)の負の一面でもあり、彼らもその原則から逃れるわけではないからだ。
要するに外資系企業を相手にした場合、マネージャークラスの人間が外国人だと、少なくとも英語で苦情を伝えることができなければ、何の交渉も進まないというのは私が身をもって感じたことである。
「外務省は首脳会談や外相会談におけることばの支配権を握っている。機微な外交問題についての翻訳に際して、それは絶大な力を発揮する」と書いたのは作家の海藤彬光氏だが、このことはそっくりと外資系企業の日本人スタッフにも当てはまる。
海外口座を開設するにあたって「英語ができないとダメなのか」とかいう質問をする人に私は言いたい。
トラブルにあったときに泣き寝入りしたければ勝手にすればいい、と・・・
前述したように昨秋以降、私の旅行先にはことごとくマリオット系列のホテルがある。
おまけに11月に香港で開催されたワールドインベスターズオフ会の会場は何とRenaissance Kowloon Hotel、ピークタワーや空港内にもマリオット(MVCIAP)のキャンペーンブースがあった。
まさにマリオットの亡霊に付きまとわれているような感じである。
ここには公開できないが、相当にどぎついセリフを盛り込んだ英文メールを送りつけたからか。
でもそうしなければ私の交渉が成就しなかったのはまぎれもない事実なのだ。
かつて大企業の事務系女性社員が、海外旅行系の雑誌で「金満OLは南の島を目指す」とか言われていたバブル期から1990年代初め、「成田離婚」なる言葉が一世を風靡したことがある。
この言葉、今ではほとんど聞かないが、今も昔も日本では海外旅行へ行く人は女の方が圧倒的に多い。
今、海外旅行客が減少しているのは、旅行業協会が言うような若者が行かないというより、1990年代まで主力だった大企業の事務系女性社員(正社員)が派遣化して可処分所得も時間も大幅に減少してしまったことが大きな原因だと思われる。
さて、10年前ほど前の黒船来航(外資系企業の日本進出)まで、サラリーマンをやっている男のほとんどは、学生時代に卒業旅行と銘打った海外体験がなければ、新婚旅行が初海外ということが多かったように思う。
それで、経験差からくるギャップから「成田離婚を避けるためには」みたいなうんちくが語られていた。
今思えばバカバカしい限りであるが、当時はインターネットもなかった時代、こうした雑誌の記事を真剣(!?)に読んだ人も多いだろう。
ところで、私が何でこんな旬を過ぎた話題を出したかというと、暇つぶしに図書館で借りた島村麻里さん(2008年8月24日逝去)の「本日のへなへなくん」というのを読んでいて、海外投資系の掲示板で周期的に出る流行病(はやりやまい)の原因が何となくわかったからだ。
その流行病は「海外口座を開くのに英語ができないといけないのか」から始まる論争だ。
くだらないと言えばくだらないのだが、これが1回で終わらず、何回も周期的に出るのは根本的な問題がある。
「語学力は見かけの流暢さとイコールではないのに、要は片言だろうが筆談だろうが、なんとかコミュニケートしようとする意欲の問題なのに・・・男には、そこらがなかなかわからない。」
この一節が問題のすべてだろう。
かつては男女間の新婚旅行、今は海外投資が舞台だ。
当然、英語できないくんが男役、何とかやりゃできるんだよ、と言うのが女役。
新婚旅行先でケンカ別れしたのが「成田離婚」なら、投資掲示板で男同士(たぶん)ケンカするのも根は同じ。
できるできないではなく、片方はやろうともしない。その意欲のなさが許せない、ということだろう。
ちなみに、へなへなくんとは、著者曰く、なさけなくもラブリーな行動に思わず女たちをへなへなへたりこませてしまう、日本のどこかに今日もいる、愛すべき「へなちょこ」男たちのことらしい。(私がそうでないとは言い切れない・・・苦笑)
ところで、「成田離婚」というのはもはや死語なのか。
成田離婚予備軍男 (本日のへなへなくん by 島村麻里) |
男の本性を見抜くなら、一緒に旅行するにかぎる。 最短の方法は、いきなり同棲だろう。ただ、お互い実家住まいだったりすると、それもなかなか難しい。だから旅行。できれば海外がいい。 旅先ほど、互いのホンネが剥き出しになる場もない。文化の異なる場においてはなおさらだ。 北海道ドライヴの旅よりサイバソ三泊四日のはうが安上がりだったりする相変わらずの旅行事情、ならばここはやはり、海の向こうでカレを品定めするにかぎる。 出発から帰国まで、ふたりきりの旅は必ずや、新たな出会いと発見とそして・・・へなへなに満ちたものになるはずだ。 ホントにアタシ、この男でいいのかしら? 将来を見極めるチェックポイントは、少なくともそこらのスタンプラリーよりよはど充実している。 旅先でのへなへなポイントには、たとえば次のようなものがある。 ●パンツ 四泊六日のハワイ旅行にブリーフ二枚しか持ってこないのは、「自宅男」 の典型である。 毎日お母さんが洗ってくれる生活に慣れているから、枚数の多少など考えたことがない。 ついでに、旅先でそれを洗うこともまったく頭になかったりする。 バスルームに脱ぎ捨てておけば、黙っててもカノジョが洗濯してくれる~ こうした依存的体質の有無は、ぜひ結婚前に知っておきたい。 反対に、ひとり暮らしの長い男はど、所有パンツ五十六枚、などと数を誇っていたりするものだ。 旅行カバンにも日数分プラスアルファで詰めてくる。 が、かといってそれは、下着を自分で洗う生活をしていることにほ必ずしも重ならない。 パンツほ裏表二回ずつほいた挙げ句、汚れるそばから捨ててきたような独居歴の男はど、カノジョができればうれしさのあまり、「おい、これ洗え」と、オーボー亭主もどきに豹変したりするからだ。 パンツは、男の自立度をはかる第一歩である。 ●カバンの奥底 最新型のサムソナイトを連れて来る男でも、いざ中身を覗くと結構抜けが見つかるものだ。 小物類をスーパーの袋にぐしゃぐしゃに押し込んでいたり、常備薬の錠剤をバラでそこに混ぜていたり。 逆に、ふだんは同じシャツを一週間着てもヘーキ、みたいな男が、二泊三日のソウル旅行にも爪切りから缶切りまでお道具類をバッチリ用意しており、「はい、綿棒、はい、絆創膏」と、さながらドラえもんのポケット状態だったりするので面白い。 ●ファッション グアムに行くのに、ネクタイに通勤革靴で成田に現われた、なんてのは問題外。 一方、パンコックでは大枚投じてオリエンタルホテルに泊まることにしたのに、暑いからといって短パンにタンクトップしか持って来なかった、なんてのも問題外。 男が持参する衣類は、両極端がアブない。 ●機内での態度 客室乗務員への態度(著者が高飛車男として非難しているもの=今でいうクレーマー)、機内でのくつろぎ方、あるいほハシャギ方など、男の様子次第では、すでにここからへなへなが始まる場合もある。 ちなみに一ドルがまだ二百円台のころのそれは、機内放送のヘッドフォンを逆さまにはめる男、というのだった。 ●現地の空港に着いて パック旅行でない場合、この時点ですでに男の本性が出る。 初めての地であるほど、勝手がわからず、市内に向かうバスやタクシーの乗り方をめぐってはや口論。 途上国の空港ほど、出迎え人や客引きで驚異的にごった返しているため、その人いきれにアタり、「ああ、どーしたらいいんだ!?」と、いきなりパニックする男も少なくない。 ●ホテルで 「お、良い部屋じゃんー」などと、チェックイン~入室のプロセスに小学生のごとくハシャぐのもまあ、かわいいが、やっぱりボーイが帰った後にしてもらいたい(気張って四つ星ホテルを予約したりすると、よくそうなる)。 また、入室直後に女をベッドに押し倒す行為ほ、嘉門達夫によればきわめて小市民的、とのことだ。 ・・・という訳で、目的地に着き、ホテルに入り、ふたりはようやくセットアップ。 だが、チェックポイントはこれからが本チャンである。 食事に行っても、観光地を巡るにしても、とかく旅先では些細なことほどムッとするものである。 ふだんのつきあいでほ何気なくやり過ごしていたことも、旅先ではいちいち癇に触り、はては「事件」にさえなってしまう。 ただし、へなへなが発覚したところで「アタシ帰る!」とはいかないのが海外旅行のつらいところ。 で、ケンカになるポイントは、
相手の「ジキルとハイド」ぶりにも気をつけたい。 日本では温厚を画に描いたようだった男が、海外では食事中にフォークひとつ床に落としただけでカッとなる。 饒舌タイプだったはずが、どこへ行ってもむっつり、だんまり。 あるいほ突然訳もなくキレたり、「オレ、もうホテルに帰る」などとゴネ出したりする。 まさにジキルとハイド「まさか」「そんな」 の連続ショックを、旅先ほど受けると思っていていい。 もちろん、女の側も他人のことはいえない。 「こんな女とは思わなかった」と見限られる危険性は、男と平等に存在する。 そうはいっても海外カップル旅行では、相変わらず男のほうが格段に分が悪い。 パリ(Paris)でもバリ(Bali)でも、いま旅慣れているのは圧倒的に女のほう。 いきおい旅先での適応度が日々比較されることにもなり、へなへな姿をうんざりするはど見せられた挙げ句、「バリ島限りの恋」ともなりかねない。 香港中環で、飲茶しながら次のショッピング先をめぐって争う男女。 ワイキキビーチでよく見かける、「帰る」「まだいる」 で口論するカップル。 旅先でモメてる男と女の姿にはこれまでにも何度となく遭遇したが、一方的にむくれたり、すぐいじけたりしているのほ見るかぎり、はとんどが男である。 ケンカするだけしたら女ほ案外ケロッとしているのに、男ほ後々まで気分を引きずっている。 そう、ディスコに行くか行かないかで大ゲンカになり、「好きにしろよ!」と一晩中口をきいてくれなかった・・・みたいな経験は、この私にもある。 成田離婚の初期は(ハワイが舞台になることが多かったが)、女がリピーターで男が海外初体験という経験度の差が災いとなるケースが目立ったものだ。 レンタカーひとつ借りるにも、女友だちとすでに一、二度来ている新婦のはうがつい、仕切ってしまう。 新郎のプライドは冒される。ハネムーンには、お互い初めての地を選ぶはうがいいといわれてきたのはそういう点からでもあった。 語学力の問題ってのもある。 けっして女が格段にうまいというのでもないのだが、なにしろ旅慣れているため、レストランでも屋台でもつい、女の独壇場となりがちだ。 ここにも男がヒガむポイントがある。 どちらが仕切る、仕切らないというのは、じつは本質的な問題ではない。 女が仕切ることにストレスを感じない男なら、ふたりの旅はうまくいく。 そもそも旅行とか結婚式とか新居のインテリアとかいったものは、昔から女のテリトリーとされてきたではないか。 「これ、行こう」といって、リボンで綴じた封筒からどこぞの国への往復航空券を二人分、出してみせるのもカツコよかろう。 が、男たるもの、全行程完壁にエスコートしなきゃ(これぞ”男らしさ”の病!)、なんてことは、張り切ってみてもしょせん無理がある。 だいたい、「やっぱりホテルは四つ星以上でなくっちゃ」などといいだすのはたいてい女なんだし、とくにいまどきは、「ホテルも日程もすべてオレが決める」なんて男のほうが「ゴーイン!」だと煙たがられてしまう。 語学力も同じだ。「お前のほうがエイゴできるんだから、頼むぜ」と、おおらかに球を投げてくれれば、それでいいだけのことなのに、うまく話そうとミョーな見栄を張ったりするから、一発で通じなかったというだけでふて寝ともなる。 こういうとき、なまじ男よりしゃべれちゃったりする女はホント、あれこれ気を遺ってしんどいんだから。 語学力は見かけの流暢さとイコールではないのに、要は片言だろうが筆談だろうが、なんとかコミュニケートしようとする意欲の問題なのに・・・ 男には、そこらがなかなかわからない。どう見ても、男にリキが入りすぎている。 恋人が旅先でへなへなくんに見えてしまうのは、男が自らを少しでもカッコよく見せようと頑張りすぎた結果、自分自身にストレスをためすぎて自爆するときがほとんどなんだと思う。 課長の顔色など気にせず、思い立ったときが休みどき、みたいなカノジョのフットワークの軽さに対しても、コンプレックスがありすぎる男たち・・・。 かわいそう。でも、旅先で自意識過剰から空回り状態になる男がいるかぎり、「成田離婚」ほまだまだ死語にはなりそうもない。 |
第二次世界大戦においてスイスがナチスドイツに占領されなかったのは、決して中立国(1815年のウィーン会議(Congress of Vienna)で承認)であるという理由だけではない。
かつてはベルギーやオランダも中立を宣言していたが、そんなものは二度の欧州大戦においてドイツ軍がせせら笑って破り捨ててきたからだ。
それではスイスがなぜ戦火に巻き込まれることがなかったのか。
特に条約などクソ食らえのヒトラーがスイスに攻め込んで行かなかったのは、ひとえに汚い金をスイスが扱っていたからだと言われている。
つまり、ヒトラーと言えども、スイス攻撃を命令したとたんに同じ穴の狢によって生命の危険にさらされたと思われるからだ。
ところが昨今の金融危機に端を発したOECD加盟国の圧力によって、銀行の守秘義務をタテに顧客の税務情報の交換を拒絶してきたスイスなどがその情報開示を要求されるようになってきた。
今後はこれらの国々でも脱税やマネーロンダリングなどの犯罪性があるものについては情報を出さざるを得なくなるだろう。
ましてこれだけ金の動きがグローバルになっているのであれば、いずれは国際刑事警察機構(INTERPOL=International Criminal Police Organization)のようなものができる可能性もある。
もっとも、そういう機関ができたとしても完全に金の動きがガラス張りになるはずもないが、一部の人が理由づけするような海外口座を持てば税務当局に情報を捕捉されない、というなどということはなくなっていくに違いない。
匿名銀行口座(anonymous bank account)と言えばスイスがあまりにも有名だが、そのほかにもこういった番号口座(number
account)の制度を持つ国がいくつかあるようだ。
前述したように、これらの口座の存在がスイスの安全保障を担っていたと言われているが、その制度が崩れ逝くのは時代の流れとはいえ皮肉なものである。
第二次世界大戦後、欧州では大規模な戦争は起こっていないし、起こさないような協調体制ができている。
従ってOECDの要請がすぐさまスイス、あるいはスイスと同様の銀行口座制度を持つ欧州各国の安全保障を脅かすことにはならないがためにタックスヘイブン関連の交渉は成立したとも言える。
そう考えるとこれも欧州の平和のおかげとも言えるだろうか。
タックスヘイブンのブラックリスト、OECDが公表へ (2009.4.3 産経新聞) |
【ロンドン=木村正人】金融サミットで採択された首脳宣言で、脱税の温床になっているタックスヘイブン(租税回避地)の最新版”ブラックリスト”の公表が決まった。北朝鮮の資金洗浄にも使われたマカオや香港を擁する中国の反対で交渉は当初難航したが、欧米の主要国は脱税摘発を進めるにはリストの公表は不可欠として押し切った。 ブラウン英首相は2日、会合後の記者会見で「タックスヘイブンの息の根を止めることでG20は合意した」と述べ、同日中にリストを公表すると表明した。 今回のサミットでは経済協力開発機構(OECD)が作成した最新版リストをもとに、タックスヘイブンを
リスト(Progress Report on the Jurisdictions Surveyed)についてはG20が発表する形は取らず、OECDが公表する。 リスト公表を強く求めたのはサルコジ仏大統領だ。 ラガルド仏経済・財政・雇用相は英BBC放送に対し、タックスヘイブンなどの金融規制に進展がなければ同大統領は金融サミットを退席すると述べていた。 複数の交渉筋によると、OECDのトレビニョ事務総長が最新版リストをひそかに議長国・英国に提示。 サルコジ大統領は同リストの公表を要求していた。 OECDは、銀行の守秘義務をタテに顧客の税務情報の交換を拒絶してきたスイスなどについて、「銀行情報のアクセスに大幅な規制を課す国」という新分類を設け、リストに掲載することを検討。 独仏もこれを後押ししており、首脳宣言の最終草案にも「2日にリストを公表する」と、いったん明記された。しかし、OECD未加盟の中国の反対で交渉は難航した。 中国の経済成長に伴い金融業が拡大した特別行政区のマカオや香港は、マカオの銀行バンコ・デルタ・アジアに北朝鮮の金正日総書記の関連資産が預けられていたことから、資金洗浄の温床になっていると国際的な批判を浴びた。 中国は今年2月以降、マカオや香港についてOECDルールに基づき税務情報の交換に応じる姿勢に転じたため、金融サミットでも「マカオと香港はタックスヘイブンではない」と強硬に主張していた。 関連サイト |
私の旅サイト仲間のTくんがつい先日中国旅行から帰ってきた。
その彼が私のブログで話をアップしてもいいと言ってくれたので、彼の投稿記事の一部を無修正のまま掲載する。
彼の言う中国○商銀行というのは、中国工商銀行(ICBC= Industrial and Commercial Bank of China)(1398.HK)か、中国招商銀行(China Merchants Bank)(3968.HK)のどちらからしいが、そんなことはどうでもいい。
要するに、杭州(Hongzhou)の空港内にある銀行窓口で両替したら100元札の偽札(counterfeit money)が半分も混じっていたということが論外なのだ。
偽は他人事に非ず |
杭州の空港に到着し、まずは中国元を仕入れなくては・・・ 両替カウンターにて一万円を両替。物価の安いこともあるし、前回の残りもあるし、今回はこれだけで十分足りるはず。 バスで蘇州まで2時間ほど。既に夕方ですが、蘇州を少し観光して、宿までのバスがよくわからなかったのでタクシーにて。大きな札を崩したかったので支払で100元札を出すも、受け取ってくれない。おつりがなかったのだろうか。 次の日もあらゆる箇所で、100元札を受け取ってくれないことが。なぜなんだ? 宿で、支払をしようとしたときに、この札を出したら教えてくれた。その答えは、 "faked" なんと、杭州の両替で受け取った100元札のうち4枚もが偽札だったのだ! 日本円にして6千円くらい。あぁぁうぅぅ~~ ちゃんとした銀行の両替所だったのに・・・恐るべし、中国○商銀行 |
私も昨年12月に上海の旅行へ行ったとき、この100元札の偽札の話はネット上で見たような記憶がある。
銀行のATMにすら偽札が混じっていたとか、信じがたい話も目にした。
だから私は両替を浦東空港内の銀行とホテル(Holiday Inn Shanghai Downtown)に限定した。
このホテルは日本人スタッフも勤務しているし、外資系だから信用したのだ。
おかげで噂の偽札とやらを掴むこともなく、無事に帰国したので、そんなことは忘れていて、今度は蘇州(Suzhou)にでも行こうかと呑気なことを考えていたほどだった。
それにしても銀行窓口で両替した金額の半分が偽札とは驚きだ。
私もいろいろな国に行っているが、国際空港にある銀行に勤務する行員がここまで腐っている国も珍しければ、それを抜本的に解決しようともしない政府にも驚きだ。
町の両替屋で為替レートが悪すぎてぼったくられたとか、渡された札を1枚ごまかされたとか、そういう話はどこにでもあるが、それでも渡される金はみんな本物だ。
そうでなければ信用経済が崩壊し、自分自身だって困ることを世界の文明人は承知している。
偽札が出回っているなんてことになれば、国の威信をかけて取り締まり、場合によっては札のデザインを一新する。
それが世界の常識だが、中国にはそんなものは全くないらしい。
かれこれ中国の偽札は5年以上前から国中で蔓延しているらしく、ニュース記事では「2004年1月に北京市内の児童・生徒を対象に開かれた偽札の見分け方教室」などと写真が紹介されている。
信じられない話だ。バカじゃないのか?それともわざとなのか。
なぜ、中国政府はここ数年来の好景気のときに札のデザインを一新するとかしなかったのか。
それをやらないということは、中国政府自身が国民同士による偽札の押し付け合いを黙認しているようなものだ。
Tくんも帰国した後で偽札のことをネットでいろいろ調べたらしいが、どうやら番号がHD90から始まるものが偽の確率が高いらしい。
私はもう一歩踏み込んで、英語サイトでもそういった記事がないか調べてみた。
キーワードは、China counterfeit moneyの3つだ。
驚くことに中国旅行のためのウェブサイトであるChinatravel.comの中に、Ways to differentiate genuine RMB from non-genuine RMB(本物の札と偽りの札の区別の仕方)というのがある。
私は海外旅行の前後にこうした英文サイトもよく見るが、こんなことが書いてある国は中国のほかには記憶にない。
このほかにも中国の英語雑誌Ningbo Guideのウェブには、How to detect counterfeit money(偽札の見破り方)が紹介されている。
もはや呆れるほかはない。
こんなことまでしてこの先中国に旅行するか。
するわけないだろ!
私が中国本土に行った過去4回のうち3回は、添乗員やガイド付き、あるいは友人の案内があった。
おそらく昨年の上海旅行のときは運がよかっただけだ。
ただでさえ、中国は個人旅行するにはしんどい国なのだ。
それで、偽札のことまで気を使って旅行するバカはいない。
少なくとも、英字旅行サイトの一般情報(general information)から偽札のことが消えない限り、旅行などするに値しないのだ。
こうなると中国株投資も懐疑的にならざるを得ない。
銀行員が偽札をばらまき、ATMに忍ばせている国が長期的に発展するわけはないのだ。
2007年に有毒物質入りの食品(歯磨き粉・餃子・咳止めシロップ)問題が日本や米国、パナマで噴出したとき、中国製品が国際ボイコットに遭わなかったのが不思議なくらいだからだ。
それにも増して、自社の従業員に偽札で賃金を払い、それに対して抗議した者を解雇したという記事もあったが、およそまともな神経とは思えない。(2007年5月10日 サーチナ:給料袋の中身は「偽札」、怒る作業員を工場が解雇)
もしかして中国企業の利益は嵩上げの統計に加え、偽札をばらまくことで得られたものなのか。
こう考えると、2007年までの中国株の上昇は、実態以上に国際金融マフィアが提灯をつけ、株式ギャンブルにのめり込んだ中国人によってもたらされたものとも考えられる。
そうであれば、2008年の上海総合指数(Shanghai Composite Index)の下落率が世界の中で群を抜いていたのは妙に納得できる。
今後も短期的には上海万博を目指して中国株は反騰していくかもしれないが、そこまでに偽札問題を解決できなければ、今度こそ国際スキャンダルに発展する可能性があるだろう。
あるいは、その前に天安門事件なみの暴動になることもあり得る。
いや、私がTくんの立場だったら今すぐにでも国際スキャンダルになるように英字紙に投稿しまくるだろう。