9/5(Tue) | リパリ 11:40-(USTICA Lines)-13:10 メッシーナ 14:10-(FS)-15:50 カターニア カターニア(フォンタナロッサ) 17:45-マルタ航空(KM)643-18:30 マルタ(ルア) |
宿泊先 | 佐藤さん宅でのホームステイ |
諸費用 | 国際線航空券: 51.82LM=\18,140 USTICA Lines / リパリ-メッシーナ: 18.5EUR=\2,770 ATM (Azienda Transporti di Messina): 0.9EUR=\130 TRENITALIA (FS) / メッシーナ-カターニア: 5.2EUR=\780 AMT (Azienda Municipale Trasporti) / 中央駅-カターニア空港: 1EUR=\150 Malta Public Transport / 8と42 (141/142): 双方とも0.2LM=\70 |
関連サイト | 欧州総合リンク イタリア マルタ シチリア リパリ島とリパリ島主要部及びブルカーノ島の地図(JPEG)とPDFファイルの地図 レモンのリキュール、リモンチェッロ(Limoncello) |
この日はリパリ島(Isola di Lipari)からメッシーナ(Messina)、カターニア(Catania)を経由してマルタまで戻ろうという正気とは思えない計画を立てた。
こういったものは日本なら余程のことがなければ問題なく実行できるのだが、イタリアでは余程のことがなければうまくいかない、と誰もが思うレベルであった。
それでも私はうまくいくという根拠なき自信があった。
なぜ、と聞かれても答えられないのだが・・・
当初、私が乗る予定のフェリーは10時40分発だった。
港にはチケットを買う時間を考えても10時過ぎに到着すればいいと思ったので、余った時間を土産物の物色に当てることにした。
幸いにして町中にある大方の土産物屋は9時過ぎには開いていて、Tシャツや小物を仕入れることができた。
そして、港へチケットを買いに行ってみると、その時点でフェリーは50分遅れだとスタッフから告げられた。
フェリーが定刻通りに出港できれば、メッシーナへの到着時刻は12時過ぎで、私はそこで昼食を取ろうと思っていたのだが、この遅れでそういった余裕は消し飛んだ。
それどころか、もっと遅れが生じれば最悪の事態、要はマルタ行きのフライトに乗れないことも考えられたのだ。
この時点でミラッツォ(Milazzo)へ行き先を変えることも考えたのだが、そこからメッシーナへ行く列車は1時間に1本程度、しかも港からはバスということが私を躊躇させたのだ。
船の出港前の時間でリパリを散策、土産物を買う。この後、船の出港時間は1時間遅れとなる。 |
そこで私は心を落ち着け、メッシーナへの到着予定時刻から、どうやってフライトに間に合わせるかのシミュレーションをし始めた。
土地勘のない場所で、しかも英語が通じるかわからない場所で、フェリーが遅れているという非常事態が生じたので、港からできるだけ近い場所で休憩することにした。
いずれにせよ、私が乗るフェリーは、もっと遅れることはあっても、早まることはないだろう、と思ったのは事実で、こんなときにイライラしながら港にいても何の解決にもならないからだ。
メッシーナはミラッツォと違って港から鉄道駅へのアクセスはトラム(ATM)ということがガイドブックには書いてあった。
要は乗る方向さえ間違えなければ、確実に着くことができる、ということが私を安心させた。
そこから先は運次第、メッシーナからカターニアへ行く列車が出発したばかりという不運に見舞われないことを祈るだけだった。
11時半頃になってリパリ島からメッシーナへ行くフェリーの乗船が始まった。
それまでの間、次々に入港しているフェリーはいずれも違う行き先であった。
特にミラッツォ行きが来たときには自分の選択肢が正しかったかを自問自答しなければならないほど神経が苛立っていた。
フェリーは約1時間半ほどでメッシーナへ到着した。
もちろん、ここは私にとって初めて来るところだ。
その状況下で、私はまるで通勤電車に飛び乗るサラリーマンの如き、離れ業を演じなければならなかった。
電車のチケットをどこで買ったかなど覚えてはいない。
ガイドブックには3つ目の駅と書いてあったが、念のため外の景色に目を凝らし、鉄道駅らしき建物がないかを探した。
首尾よく、鉄道駅に到着すると、構内の時刻表に目を走らせた。
「14時10分発、カターニア行きに乗れそうだ」と呟いた私の時計は13時55分を指していた。
トラムに乗り遅れていたら、間に合ったかどうか非常に微妙なタイミングであった。
メッシーナ駅到着は午後2時前、ピザをテイクアウトし、カターニア行きの列車に乗り込む。 | |
カターニア中央駅に着いたのは搭乗2時間前、これで間に合ったのはまさに奇跡! |
列車のチケットを買い、出発ホームを確認した後で、構内を見回すとピザのテイクアウトのコーナーがあった。
「イタリアにもファーストフードみたいなものができたのか」とまるで救いの神を見つめるような私がそこにいた。
大急ぎでレジを済ませ、すでに到着していた列車に乗り込む。
その列車がカターニアへ向けて滑るように走り出したとき、私は何か大きな仕事を成し遂げたかのような気分であった。
しかし、まだ関門はあった。
カターニア・フォンタナロッサ空港(Catania Fontanarossa Airport)は列車で行くことはできないので、駅を出たらタクシーかバスで行かないとならないのだ。
カターニアに到着したのは15時50分、イタリアの鉄道が意外と時間に正確なことを神に感謝した。
このとき私が乗る予定のマルタ航空のフライトの2時間前である。
本当なら空港に着いていないといけないのに、まだバスで30分ほどかかる鉄道駅にいるのだ。
メッシーナからカターニア行きのプルマン(SAIS autolinee)に乗れば、空港へ直行できたのだが、とてもそんなものを探している余裕はなかったからだ。
ここで普通ならタクシーに飛び乗るだろう。
しかし、私は悠長にもタバッキ(tabacci)へ行ってチケットを買い、空港行きのバスが来るのを待ったのだ。
なぜ、そんなことをしたのか私にもわからない。
あえて言うならば、ここまでうまくいけば、たぶん大丈夫だろうという根拠なき自信だ。
空港に着いたのはフライトの1時間前、チェックインカウンターが閉まる直前だ。
もちろん、土産物はすべてリパリ島で買っておいたので、何の問題もなかった。
出国審査を抜け、マルタ行きの搭乗アナウンスが聞こえたとき、私はようやく人心地つくことができた。
これで無事に帰れる・・・と
ところで、私は何をしにリパリ島まで行ったのだろうか。
普通に考えれば、これだけタイトな日程であれば、アグリジェント(Agrigento)の次はパレルモ(Palermo)に行くだろう。
それをしなかった理由はただ一つ、スリルを求めただけなのかもしれない。